第26章 宵闇と朝焼け
実弥の言葉に風音は涙で濡れた瞳を辺りに向ける。するとそこにあったのは、見知らぬ人たちの笑顔の姿で、見知らぬはずなのに不思議と心が温まる光景だった。
「風音ちゃん、終わったよ。もう皆が鬼に辛い想いを強いられることがなくなったんだ。本当にありがとう」
傷だらけの体でゆっくり歩み寄ってきてくれたのは、毛先が水色の長い髪の少年、無一郎。とても優しい笑顔で風音に歩み寄り跪くと、無一郎は風音の手をそっと握った。
「今度は俺が風音ちゃんの記憶を戻すから。俺に先を見る力はないけど、今までのことをたくさん話して、思い出して貰えるようにするよ」
なんだか懐かしい記憶が戻りそうなのに、戻らない。だが、こんな状況でも目の前の少年も、笑顔を向けてくれている人たちの誰もが、風音を責めることをしない。
もどかしくも心癒される光景に、風音の心の痛みが少し和らぎ、どうしても伝えなくてはと言葉を紡ぐ。
「生きていて下さって……ありがとうございます。本当に……こんなに優しい貴方たちが……生きてて下さってよかったって、心から思っています。実弥君や貴方たちが側にいて下さったからこそ……両親にも会えたように思えるんです」
両親の姿を思い出すと、やはり胸が痛む。もっともっと側にいたかったと思うけれど、死んでしまった人と共に時を刻むことは出来ない。
両親が死後も共にあることを望み、それを叶えたように、実弥やこの場にいる人たちと共にあることが、風音の今の一番の望みだ。
そんな大切な人の中でも、かけがえのない唯一の人である実弥に視線を戻し、少年からそっと離された手を実弥の頬に手を添えて涙を拭う。
「実弥君、この光景を私は望んでたよ。記憶はまだ曖昧だけど、これだけは間違いない。私は……」
ズリズリズリ……
言葉を遮るように地面を這いずる音が皆の耳に響いた。
何事かとその音のする方を皆が見たと同時に、風音の目の前を実弥の腕が素早く動き、何かを掴み取った。
実弥が掴み取ったものは人の手。
この場でこの手の主をよく知る者は、実弥と記憶を失っていない状態の風音、そして勇たち数人の剣士のみだ。