第26章 宵闇と朝焼け
直に牧野の手の温かさを知ることは叶わないが、実弥の手を通して伝わる震えから生きているのだと実感出来ると、安堵から全身の力が抜けて、実弥の腕に身を委ねる。
そこはとても心地よく、また傷だらけの体を引き摺りながら集まってくれた柱や剣士、隠たちの声が子守唄のように聞こえ、風音の意識を曖昧にしていった。
それを目にした実弥は風音の手ごと牧野の手を解放し、穏やかな笑顔でふわりと風音を抱きすくめる。
「寝ちまえ。全身傷だらけで一晩中戦ってたんだァ……それに力の副作用で意識保つの限界だろ。たいした女だよ、お前は。ありがとなァ、俺らを助けてくれて」
うとうとと船を漕ぐ風音の顔は血や泥で汚れているものの、実弥の言葉にふにゃと笑みを浮かべる様は、実弥にとって何にも変え難い尊いものだ。
「私、生まれてきてよかった……実弥くんと出会えて、鬼殺隊の皆さんと出会えて……満ち足りた人生……」
かくん
と風音の体から全ての力が抜ける。
……なんとも絶妙なところで言葉が途切れたものだから、風音を抱きすくめたままの実弥以外、その場の全員が大いに動揺した。
「え?!風音ちゃん、どうしちゃったの?!」
「甘露寺、落ち着いてくれ。柊木は……無事なのだろうな?!」
「伊黒も落ち着け!風音は……どうなったのだ?!」
「煉獄さんも不安になる間合いを含めないで下さいよ!不死川さん、胡蝶さん!風音ちゃんは大事ないですよね?!」
蜜璃、小芭内、杏寿郎、無一郎が慌てる他に、行冥、義勇も心配そうに風音の様子を伺う中、実弥は呆れたようにしのぶに視線を移し、どうにかこの場を収めてくれと念を送る。
するとしのぶは実弥の念をしっかり汲み取り、風音の首元に手を添えた。
「皆さん、心配は無用です。深い眠りにはいっただけですから。風音ちゃん、しっかり体を休めて下さいね」
しのぶの言葉にその場にいる全員の体から力が抜け、次々と地面に倒れ込んでいった。もちろん実弥としのぶも例外なくだ。
正に宵闇のような中から生還した剣士たちは、眩いばかりの朝焼けに目を細めながら、例えようのない高揚感で胸の中を満たす。
初めて鬼殺隊全員の表情が晴れた日だ。