第26章 宵闇と朝焼け
光の一切届かない、耳が痛くなるほどの静寂に包まれた場所。
そんな不思議な場所に風音は一人佇んでいた。
(ここは……私は何してたんだろう?何も分からない……自分の名前も何もかも分からない。身動き取れないし……このまま死んじゃうのかな?)
体を動かすことも叶わず、唇さえも動かせない。
瞼は辛うじて動くものの辺りが真っ暗闇なので、瞼を開いていても閉じているのではないか、と錯覚し感覚がおかしくなってくる。
(体……冷たくなってきちゃった。そりゃそうだよね、あれだけ体中に傷が……どうして体中に傷あるの?)
思い出せそうで思い出せない、もどかしい気持ち。
だが体中に傷があるということは、先ほどまで自分の身に何かが起こっていたのだと理解出来た。
(体に傷あるのに痛くない。やっぱり死が近いから?でもどうしてかな……何も分からないのに、どうしても死にたくない。何かやり残したことがあるような気がする)
何かきっかけがあれば思い出せるのだろうか?と考えるも、こんな漆黒の闇が広がる場所では、自分の記憶が戻るかもしれないきっかけなど訪れるはずもない。
それでも、どうしても思い出したく、生への執着を捨てきれなかった。
(せめて声を出せるように。喉潰れてないんだから!)
辛うじて機能しているであろう肺に空気を目一杯吸い込み、どうか声を出せますようにと強く願って喉に力を入れると、突如として温かな何かが頬に触れた。
「風音……ごめんな。助けてやれなくて……俺が生きていたら、何か助けてやれたかもしれないのに」
(誰?私のことを知っているの?)
「……あぁ、知っているよ。さぁ、時間は刻々と過ぎ去ってしまう。もう行きなさい、体は動くようになっただろう?」
声を出していなかったのに会話が成立したことにも驚いたが、それより何より、自分のことを知っている、姿かたちの見えぬ、人であろう者の存在に驚いた。
「貴方は……?待って、まだ何も分からないの!」
声の主の言葉通り、ぎこちないながらも動くようになった腕を暗闇に伸ばしても何にも触れられず、声の主の気配が薄れていく。
「絶対に大丈夫だ。今は早く戻りなさい。後悔する前にね」
そう言葉を残し、声の主の気配が完全になくなった。
「後悔って……いったい何に……いっ?!」
呆然とする一瞬前、激しい痛みが頬を襲った。