第26章 宵闇と朝焼け
「竈門の妹……禰豆子が飛び出すの、もうそろそろか?」
「……あぁ、そうだな」
背後の部屋からは、途切れることなく輝利哉様とその妹たちが、鎹鴉たちからもたらされる情報を頼りに、激戦地へと指示を飛ばす声が響いてきている。
漏れ聞こえる声に掻き消えそうな天元の声は、しっかりと槇寿郎の耳に届き思考を巡らせた。
「柊木さんが命懸けで見た状況と、今の状況は大きく違っている。夜明けまであと一時間を切ったが……禰豆子は元に戻るのか、杏寿郎たちはどうなるのか、柊木さんの記憶の欠如はどこまで進むのか……何も予測出来ないとは、何とももどかしいな」
「……鬼を人間に戻す薬の効果は変わんねぇだろ。あと少しで禰豆子はここを離れる。ただ、禰豆子が竈門んとこに辿り着いた時、どうなってんのかは俺にも分かんねぇ。煉獄たちのことも嬢ちゃんのこともな」
天元も槇寿郎も、風音のように先を見ることなど出来ない。
出来るとすれば耀哉様のみだ。
しかし耀哉様の容態は非常に危うい状況なので、先を見るなど出来ない。
つまり誰も先の事が分からず、槙寿郎が言ったように、もどかしい状態が続いている。
「あと一時間……月もだいぶ落ちてきたが、長ぇなぁ。人生の中でこんな長ぇ夜は、今日だけだろうよ」
天元が空を見上げると、槇寿郎もつられるように見上げる。
その視線の先には、ようやく山間に沈もうとしている月。
空が明るくなり始めるまであと僅かなはずなのに、今の暗闇の中では遥か先に思えてしまう。
こうしている間にも剣士が一人、また一人と命を散らしていく。
鎹鴉からもたらされる戦況は、聞いているだけで辛く悲しいものばかりだ。
『夙柱様ノ記憶、大幅ニ欠如。風柱様以外、全テノ人ノ記憶ガナクナリマシタ……デスガ、戦意喪失ニハ至ッテオリマセン』
突然もたらされた新たな凶事。
夜明けまで遥かに長く感じる今、まるで追い打ちをかけるような鎹鴉の言葉に、天元は深く項垂れた。
「不死川以外って……自分のことも分からなくなっちまったってことかよ」