第26章 宵闇と朝焼け
「分かんねぇって……お前、自分のことも……」
「うん。私の名前も何も分からないけれど、私に予知能力があって、それをこの場の皆さんに送るべきだってことも、その方法も、戦い方もしっかり覚えてる。だからね、まだ戦える」
生きる上で最低限必要な知識。
あとはこの場でするべきことを覚えているだけ。
宝物だった柱たちの存在も実弥以外記憶から零れ落ちてしまった。
それだけならまだしも、自分自身のことすら記憶から消えてしまった。
常人ならば発狂してもおかしくないこの状況で、尚も笑顔を浮かべる風音とは相反し、実弥は目の奥に鈍い痛みが走って顔が歪む。
「戦いたくないって言うかもしれねェって……どの口が言ってやがったんだか。いっその事、言ってくれりゃあ離脱させてやれたってのに」
「私もね、すごく不思議な気分。頭の中も体も余すところなく痛いしすごく眠いのに、戦いたくないだなんて一切思わないんだもん」
どうしても風音は実弥の望むようになってくれない。
こと戦いにおいてはそれが顕著で……顕著過ぎて、違う意味で実弥が涙を流しそうになるほどである。
(呑気にこんなこと話してる場合じゃねェ……あの塵屑野郎を朝まで足止めしなきゃなんねぇ)
実弥の複雑な心境を知るよしもない風音は、今にも鬼舞辻に挑みかかろうとうずうずしている。
しかしそれでも動かないのは、実弥と連携を取って鬼舞辻に少しでも痛手をくらわせようと考えているからかもしれない。
そんな姿が、記憶をなくしていてもいつも通りの風音らしく、実弥は気持ちを切り替えて、顔を笑みで満たし言葉を放った。
「鬼殺隊 夙柱 柊木風音!柱なら最後まで攻撃する手緩めんなァ!いつも通り塵屑なんざ斬り捨てろォ!」
「はい!夙の呼吸ーー」
返事を聞く前に走り出した実弥の背を、風音はしっかりと目に焼き付けて日輪刀を片手に走り出す。
聞き覚えのない組織名。
馴染みのない名前。
柱とは何なのか、いつも通りとはどのようなものなのか。
何も分からないけれど、実弥の言葉を聞くだけで、鬼舞辻に挑む姿を目にするだけで、体が自然と前へと動いた。