第25章 悲色と記憶
「あと一時間は耐えてみせる。でも戦いが終わる前に万が一、私が正気を失って泣き叫んで、戦いたくないって言った時は、無理矢理にでも刀を握らせてほしい。引っぱたいてでも戦わせ続けてほしい」
鴉の告げた夜明けまでの時間を指標とし、風音の行動限界時間が弾き出された。
だが本人の言った言葉を鵜呑みにするならば、その指標は役に立つものではないだろう。
本当は一時間もの時間など耐えられる状態ではない。
もう半生以上の記憶をなくしているのだから……
そんなこと風音の言葉を聞けば実弥にだって理解出来る。
休ませてやりたい気持ちに蓋をして、実弥は風音の頬を優しく撫で、鬼舞辻へと向き直った。
「お前は俺に引っぱたかれなくても、戦いたくないって駄々こねるタマじゃねェだろ。風音は加減考えて死なねぇことに集中しとけ」
静かな信頼の篭った言葉に、風音が小さく笑みを浮かべた瞬間、実弥は正しく風のように仲間たちの元へと駆けて行っていた。
「私もそう思うけどね。でも……たぶん私は正気を失うから」
風音以外の誰も知らない未来。
防ぐことが不可能な不甲斐ない未来に奥歯を噛み締め、再び戦禍へと身を投じた。
「不死川さん!風音ちゃんは記憶を……ぐっ……どこまで失いましたか?!」
「胡蝶、今は塵屑野郎に集中しやがれ!心配しねェでも死にゃしねェよ!」
「その言葉、信じますよ」
そう言葉を残してひらりと蝶のように身を翻した、しのぶの肩を掴みそうになった。
しかしあと一時間は……など言えるはずもない。
可能な限り傷を作らず、鬼舞辻を足止めするために全力で技を放つことで手一杯なのに、皆の気を散らせることなど言えるはずもなかった。
風音を止めてくれ
記憶は辛うじて今の戦いに必要なものしか残っていない
もうすぐ……俺たちのことも忘れちまう
どうか戦わせないでくれ
そう叫びたい衝動に駆られるも、奇しくも風音と同じく奥歯を噛み締めて思いとどめ、目の前の鬼に意識を戻したところで、風音から送られてきた光景に足を止める。
次に放たれてくるであろう鬼舞辻の攻撃に備え、柱や継子たちが距離を取ったすぐ隣りを、血に染まった朝焼け色の髪がフワリとたなびいていった。