第25章 悲色と記憶
「風の呼吸 捌ノ型 初烈風斬り」
風音の体に一番適しているのは、風の呼吸の派生である夙だ。
それを理解した上で風の呼吸を放った。
再生した鬼舞辻の体に滴る液体は、今し方付けられた刀傷から体内へと侵入する。
もちろん液体がただの水や油であるわけがない。
中身はしのぶや珠世、愈史郎と共に開発した風音の血の毒成分が凝縮された、鬼にとっての劇薬だ。
「夙の呼吸 壱ノ型 業の風」
吐血し苦しげに顔を歪ませるだけでは気が済まない。
そう言っているかのように技を放ち、風音は次の行動に備えて、地面を強く蹴りつけ鬼舞辻から距離をとった。
(毒液はどうにか流し込めた。少しの時間だけだろうけど、鬼舞辻の動きを鈍らせる事が出来るはず)
鬼舞辻は風音を忌々しげに睨み付け、驚異的な破壊力を持つ触手を叩き込もうと伸ばすが、柱たちが易々とそれを通すはずもなく。
体に無数の傷を負いながらも、多大な負担を背負う小さな体を守り続ける。
「あと十秒……取りこぼさないように、しっかり伝える。それでも突っ切る剣士たちは押し戻す」
まるで自分自身に言い聞かせるような言葉を吐いた風音は、深呼吸を落とすと目を瞑り、一瞬後に開いた瞳は例えようのない色をたたえて揺らめく。
つまり……そういうことである。
「皆さん!剣士の人たちは私で可能な限り食い止めます!どうか塵屑野郎の攻撃に備えて下さい!」
背後から掛けられる言葉は怒気をはらんでいるものも含まれているような気がするが、視界に剣士たちを映した風音の耳には朧気にしか届かない。
鼻からは液体が流れ出し、唇を伝って地面へと滴り落ちる。
視界は先を共有したことによる頭の痛みから、意志とは関係なく否が応でも膜が張ったようにゆらゆらと歪む。
そんな状態ながらも風音は目一杯空気を吸い込んで、構えを取った。
「夙の呼吸 弐ノ型 吹花擘柳」
放った技は鬼舞辻ではなく、もう目と鼻の先に迫ってきていた剣士たちへと降り注ぐ。
背後からは続々と合流した柱やその弟子の声。
無一郎、行冥、玄弥が到着したようだ。
眼前、背後からの激しい戦闘音を聞いた風音は悲しげに目を僅かに細め、大切なものに思いを馳せる。