第25章 悲色と記憶
下から鬼の根城ごと押し出される衝撃に耐え、数時間ぶりに外の空気を吸った二人の目に映ったのは、煌々と輝く綺麗な月であった。
空中に放り出された状態で見る月は、皮肉にも目を奪われるほどに美しい。
(やっぱり、まだ夜は明けてない。確か……あと)
「一時間半!夜明ケマデ一時間半!」
風音の心の声を代弁してくれたのは、空を旋回し状況を剣士たちへもたらす鎹鴉だった。
その鴉を不安げに目で追っていると、頭をくしゃりと撫でられる。
「一時間半なんざ余裕だ」
穏やかな実弥の声を聞き終えたと同時。
無事に二人は地面へと着地した。
辺りは暗いながらも、目と鼻の先で小芭内や蜜璃、義勇、炭治郎が戦闘を繰り広げているので、目標を見失うことはない。
「杏寿郎さんやしのぶちゃんたちは、猗窩座との戦闘後にはぐれちゃったんだね。よし、実弥君!私たちも戦闘に」
「ちょっと待てェ。風音、マッチ持ってたよなぁ?貸せ」
「あ……本当に転がってたの?!えっと……あった、はい!マッチ……」
実弥の手に握られるは小瓶。
どうやら戦闘で崩れた商店から転がり出てきたものらしい。
それが何か事前に情報として知っている風音は、いつの日か使った物と同じ物を鞄から引っ張り出して実弥へと手渡す。
「こっちは何人も殺られてんだァ……これくらいじゃ足りねぇだろ!風音、お前はあの紙を額に貼って、俺の後ろから塵屑野郎を切り刻めェ!」
風音が返事をする間もなく、実弥はポケットから例の紙を取り出し額に貼り付けて、塵屑野郎……鬼舞辻へと向かって行ってしまった。
「それなら私も……」
実弥の手にした小瓶とは別の小瓶を鞄から取り出して、胸ポケットにしまっておいた紙を手首に括り付けた風音は、実弥が小瓶を切り付けたと同時に、額に愈史郎が与えてくれた紙を額に貼り付け走り出した。
目前には実弥がぶちまけた小瓶の中身を頭から被り、更にマッチで火を放たれた鬼舞辻無惨。
小瓶の中は油で、瞬く間に鬼舞辻を火だるまにして、頭頂部から縦に真っ二つに分断。
「塵屑野郎、ぶっ殺してやらァ!」
実弥に鬼舞辻が気を取られている隙に、風音は可能な限り気配を消して走り寄って、既に再生した気味の悪い鬼へと液体を振りかけた。