第25章 悲色と記憶
その光景は喜ばしくもあり、また悲しみに胸を痛めるものだった。
見えた光景を実弥になぜだか伝えなくてはならない気がして、足を動かしたまま言葉を紡ぐ。
「上弦の参……炭治郎さんたちが協力して頸を斬ってから、復活しかけたんだけどね……鬼であることをやめるよ。誰か、大切な人を思い出したような……悲しくて優しい笑顔で。人だった時にとても大切に想っていた人を……思い出したのかな」
以前に似たような笑顔を見たことがある気がした。
多くの人を傷付けた鬼の、風に流され消えゆく際に見せた悲しくも優しい笑顔。
「思い出せたのならよかったね。もちろん猗窩座が今までしてきたことは許されないけど……人だった時の記憶が戻ったなら、本当によかった」
「鬼に同情してる場合かぁ?!そんなことしてる暇あんなら、さっさと煉獄たちと共有切りやがれ!」
実弥に叱られながら頷き、共有を一時中断。
その後に思い浮かんだことは心の中で呟くだけにした。
自分の父親はどうだったのだろうか?
記憶の片隅に、鬼の頸を斬った後に泣き叫び実弥に慰めてもらった任務のものがあるが、胸に痛みを与えるだけで、その鬼が父親だったのかは判明せぬまま。
実弥に聞けばきっと答えてくれるに違いないが、今は過去の記憶に意識を散らしている時間はない。
それより先に、あと1つ。
実弥に取り上げられてしまった紙に、書き記さなくてはいけないことがあるのだから。
未だに紙を睨み付ける実弥に苦笑いを零し、破れないようにゆっくりと抜き取った。
「実弥君、誤魔化さず正直に言うと、実弥君に助けてもらう以前の記憶がなくなってる。つまり……」
先ほど判明した記憶欠如の進行方法を実弥に話しつつ、追加事項を紙に書き記して胸元のポケットにしまい込む。
その間も実弥の目は血走っていたが、叱責が飛んでくることはなかった。
何か言いたいに違いないのに、静かに耳を傾けてくれる実弥の手を取って握り締め、風音は立ち止まった。
「……どうしたァ?何かあったかよ?」
怒りからか悲しみからか……実弥の震える手を握り締めながら、風音はニコリと笑みを向ける。
「ここが塵屑野郎の一番近くに辿り着ける場所。あと五秒」
そう告げた途端、風音の体は実弥によって、まるで今から来る衝撃から庇うように抱き寄せられた。