第25章 悲色と記憶
粗方拾い終えた後、どこに繋がっているのか分からない通路を二人で駆けていると、突如として風音が鞄から紙を取りだし、自身の体から流れている血を掬い取って何かを書き始めた。
血判を押している訳でもなく、本当に文字を指で書いている。
そもそも現状で血判など必要ないので、実弥は風音の不可解な行動に疑問を呈した。
「何してんだァ?一旦立ち止まるから筆で書けよ……血でなんか文字書くな」
「立ち止まる時間はないよ。もうすぐ揺れが来て、外に押し出されるから。これはね、私にとって大切な指針。何が起こっても最後まで戦うために、大切な指針になるものだよ」
実弥の左側を走る風音。
その状態だと急いで書き記している文字は手に遮られて見えない。
表情は至って冷静そのものだが、今の言葉で何を書き記しているのか、何となく理解してしまった。
どう言葉を掛けるべきか悩む実弥をよそに、風音は走る速度を緩めぬまま考えを巡らせる。
(今どんな状況で成すべきことが何か忘れてない。柱の皆さんのことも剣士の皆さんのことも記憶にある。戦い方も呼吸の技も覚えてる。でも、実弥君に助けてもらう以前が……思い出せない。記憶が一度失われ始めると、先を見る数に関係なく記憶が消えていくのか。困ったなぁ。とりあえず……)
指針となりうる事をもっと簡潔に分かりやすく記せないか……と悩み始めると、急に目の前から紙が取り払われてしまった。
反射的に紙を目で追いかけて……目を血走らせた実弥の横顔に行き着くこととなる。
「あ……実弥君、それはですね。万が一記憶の大半がなくなった時でも、足手まといにならないための指針であって。……そ、そうです!念の為の指針!柱なんだから途中で戦線離脱なんてしていられないでしょ?鬼舞辻を倒すための……」
「俺に誤魔化しなんぞ通じると思ってんのかァ?!言うことも聞かねぇ上に誤魔化しかよ!いい度胸してやがんなぁ!」
「あ、いや……その……はい。誤魔化してごめんなさ……」
明らかに怒り狂っている実弥に謝罪しようとした瞬間、それをも中断させる光景が頭の中に流れ込んできた。