第25章 悲色と記憶
どこまで落とされるのだろうかと不安に感じたのは一瞬。
浮遊感はほんの一瞬で、感覚で言えば少し深い落とし穴に落ちたくらいの時間。
だからこそ、実弥の肩付近に顔を押し付けられている風音は冷や汗を流した。
「さ、実弥君。落とされた瞬間に壁がせり出て来て……押し潰されちゃったぁ……なんて事態になってないよね?……地上じゃなくてあの世に来ちゃった……なんて、笑えない事態になってないよね?」
正しく笑えない事態を想像する風音を安心させるように、いつもなら抓られる頬に、実弥の暖かな頬が寄せられた。
「幸いにもあの世に来ちゃいねぇよ。まァ……想定より落とされなかったんで、俺の足は衝撃で痺れてっけど」
落下による衝撃に備えようとした途中だったのだろう。
膝を曲げて衝撃の緩和をと力を入れた足は、思いもよらぬ突然の衝撃により痺れてしまったようだ。
その証拠に実弥は風音を抱えたまま、直立不動で小刻みに身体を震わせている。
「ぅえっ?!ごめんなさい!私の体重も加算されてるから、余計に衝撃すごかったよね!あ、足大丈夫?!下ろし……て……実弥君?」
自分の体重は今の実弥にとって負担だろうと離れようとするが、実弥は風音を抱える腕の力を弱めるどころか強めてしまった。
どうしたのだろうかと思いつつも、ここで無理に離れてはいけないような気がして、風音も実弥の背に回した腕の力を僅かに強める。
「実弥君、庇ってくれてありがとう。実弥君が庇ってくれたから、私は何処も怪我しなかったよ。本当にありがとう」
「血反吐吐いてるてめぇの女庇うのは当然だろ。鬼殺隊のこと、柱のこと、戦い方や息の仕方は忘れてねェな?」
体の震えが止まったのに、今度は実弥の声音が震えてしまった。
(相変わらず優しいな。実弥君はいつも誰かの心配ばかりで、自分のことは二の次にしちゃうんだから……)
言葉に出せば
『そんなことねェ!』
と言われるのが分かっているので、風音はこっそり心の中で呟き、顔を実弥の肩口にそっと上げて頬を擦り寄せる。
「実弥君のことも柱の皆さんのことも、鬼殺隊も戦い方も息の仕方も忘れてないよ。どうしてここにいるのか、そして鬼舞辻が倒すべき仇であることも忘れてない。大丈夫、まだ記憶は残ってるから」