第25章 悲色と記憶
(頭痛い……記憶はまだ大丈夫……かな?無くなってたとしても、無くなってるから分からないだけかも……?!)
皆に囲まれながら運ばれ暫く経過した頃、風音は口元を押さえて実弥の腕の中から逃れようと身を捩った。
突然の異変に実弥は驚き目を見開いたが、なぜ風音がそうした行動に移ったのか理解し、ゆっくりと床へと下ろして縮こまる背を優しくさすってやる。
「ゲホッ!ぐっ……うぅ、すみ……ません。ゲホッ」
「謝んなァ。お前は何も悪くねェんだからよ……」
風音が実弥から逃れようとしたのは、突然の吐き気を覚えたから。
しかし上弦の壱との戦闘時と動揺、吐き出されるのは血のみで、全員の顔から血の気が引いた。
「このままじゃ風音ちゃんの体がもたないよ!もう見なくていい!」
「柊木、先を見ることを止めるんだ!死んでしまうぞ!」
「兄ちゃん!風音が……」
皆の心配する声が風音の耳に響き、口元を腕で拭って顔を上げると、やはり皆の悲しげな表情が映し出された。
(情けない……皆さんにご迷惑ばかりお掛けして……吐き気は少しマシ……になったかな。立たなきゃ)
静かに寄り添ってくれている実弥に支えられ、風音はどうにか立ち上がり深呼吸を落とす。
それだけの行動なのに、体力が奪われていくような感覚に襲われ、うんざりする。
しかしここで気を落としてしまえば気絶させられる恐れがあるので、胸の前で握りこぶしを作って平気だと示した。
「お待たせしました!ケホッ……今のは先を見ているからの吐血ではなく、お腹に溜まってた血を吐き出しただけです!もうすっきりです!完全回復したので行きましょう!うぐ……うん、平気です!さぁ、実弥く……え?」
皆の諌めるような心配するような視線に冷や汗をかき、それから少しでも早く逃れようと実弥の手を掴み走ろうとしたのに、突如として酔いそうなほど辺りの景色が変化し出した。
それだけならばまだしも、今し方まで確かにあったはずの床がなくなり、風音の体が宙に放り出された。
掴んでいた実弥の手を慌てて離そうとするも、しっかり握られ体を引き寄せられて胸の中へ。
「コイツは俺に任せろォ!」
実弥が叫び終わるのを待っていたかのように、無情にも床の穴が勢いよく閉まり、皆の姿が二人の視界から消えた。