第25章 悲色と記憶
その頃、蜜璃と小芭内は対峙していた上弦の肆の前から愈史郎を残し強制的に退場させられ、事前の風音からの情報をもとに城内を移動していた。
「伊黒さん!愈史郎さん大丈夫かしら?それに風音ちゃんの記憶……消えちゃうの?」
杏寿郎たちと同じく、蜜璃と小芭内にも断片的な実弥視点の光景が流れ、口の動きから風音の記憶が消えるのだと知った。
それを知ったのは上弦の肆の前から退場させられる少し前。
動揺したものの目の前の厄介な鬼を二人で相手取り、今ようやく先ほどの光景について話すことが出来た。
そんな状況なので、蜜璃に問い掛けられた小芭内とて風音についての詳しい状況が分からない状態である。
「あの愈史郎という鬼は問題ないだろう。だが柊木については俺も分からない……分からないが、不死川が側にいる。今は不死川に任せよう。俺たちは俺たちに今出来ることをするしかない」
そう言って隣りを走る蜜璃に目を配らせると、今にも泣き出しそうなほどに悲しげに顔を歪め、瞳には涙が溜まっていた。
小芭内にとって蜜璃の今の表情は想像した通り。
可愛らしく周りをも笑顔にするほどに明るい蜜璃は、誰にでも優しく人の心に寄り添える少女だ。
記憶を蝕まれつつある風音の心境や、それを知った実弥の心境を想い心を痛めているのだろうと想像に容易い。
しかし小芭内とて心を痛めているのは同じ。
個人的に稽古を付けたことのある風音は大切な仲間であり、妹のような失いたくない存在。
出会って少し経過した頃より、自分たち柱を宝物だと言ってくれていた風音の記憶から、自分たちの存在が消えてしまうのだと思うと胸の内が暗く沈む。
(だがこのまま悲しみにくれるわけにはいかない。俺が甘露寺を引っ張り、一刻も早く鬼舞辻無惨を倒さなくては)
どうにか胸の痛みを押し込めて蜜璃の肩をポンと叩いた。
「甘露寺。柊木の為にも早く終わらせよう。あと少しで俺たちが皆より先に地上に押し上げられる。少しでも鬼舞辻に痛手を負わせよう」
「伊黒さん……はい!そうですよね!泣いてちゃ駄目だわ!私の方が風音ちゃんよりお姉さんなんだもの!しっかりしなくちゃね!ありがとうございます、伊黒さん!」
決意を新たに笑顔を見せてくれた蜜璃に笑顔で頷き返し、鬼舞辻へ向けて足を動かした。