第24章 予知と鎮魂
「ぐっ……んぅ。ケホッ、すぐにここにも次の攻撃が来ます。時間がありません、来た道を戻って下さい。次にお会いするのはお日様の下ですよ」
嚥下しきれなかった血液が口の端から滴り落ちる。
そして破けてしまった羽織の隙間から覗く白い肩は、剣士が動きを止めてしまうほどの変形を遂げていた。
「夙柱……皮膚が盛り上がってます……何が……」
「鬼舞辻の毒……です。解毒剤を持っているのでどうにかなります。さぁ、行ってください。地上を目指しつつ蔓延る鬼を倒して……どうか生きていて」
酷い怪我に見合わない柔らかな笑顔なはずなのに、剣士には酷く悲しい笑顔に見えた。
この悲しい笑顔にさせてしまったであろう自分が、目の前の少女の心がほんの僅かでも癒されるような言葉をかけたかったのに、喉から出たのは浅い呼吸だけだった。
「ありがとうございます。恐怖もあったはずなのに、鬼舞辻を足止めしようとしてくれて。ではまた後で」
静かに言葉を紡いだ少女は、やはり悲しい笑顔のまま踵を返して、むせ返るほどの血の匂いが立ち込る場へと走り去ってしまった。
その背中を見送り暫く。
ようやくであるが小さな小さな声で言葉を送る。
「助けて下さって……ありがとうございます」
瞳に涙を浮かべながら風音に背を向け足を踏み出した。
その横に艶やかな黒い影が滞空する。
「風音サン二必ズ伝エマス」
柱稽古の際、夙柱の傍らに寄り添っている姿をよく見た鎹鴉。
気性の荒く見える風柱の元継子で、笑顔で厳しい柱稽古を行っていた夙柱の鎹鴉は、やはり夙柱に寄り添うために、同じく血の匂いが立ち込める場へと飛び去って行った。
走りながら、共同研究で開発された解毒薬をふり被る。
体についた傷や、毒によって内側から焼かれるような激しい痛みが風音を襲うが、それ以上に胸の内が痛みで満たされていた。
(助けられなかった……こんなに多くの命を助けられなかった……)
決して幅の広くない通路は正しく血の海である。
足を踏み出す度、床が軋む音ではなく、粘り気のある液体が飛び跳ねる音が響く。
それだけでも悲しみや怒りで痛みが湧き上がるのに、大切な仲間たちの亡骸を、尊厳を奪うように鬼舞辻が次々と食い散らかす様が更に怒りを増幅させた。