第4章 お稽古と呼吸の技
風音にとって優しい風の軌道を描いた実弥は、恨み言を叫びながらチリと化していく鬼には目もくれず、日輪刀を鞘に納めつつ風音の側へ駆け寄って上体を起き上がらせ自身の体にもたれかけさせてやる。
「待たせちまったなァ。応急処置してから胡蝶んとこ連れてってやる。ちっと滲みるが我慢してくれよ」
「お帰りなさい。……ねぇ、実弥さん」
竹筒を取り出し水をかけて汚れや血を洗い流していると、今にも意識を飛ばしてしまいそうなほどにうつらうつらしている風音が小さな声で実弥を呼び、怪我をしていない方の腕を僅かに上げた。
「何だァ?あんま動くな、怪我に響いちまうだろうが」
実弥に向けられた手を握り自身の額を風音の額にあてがうと、青白くなった肌であっても温かさが広がり実弥に一心地つかせる。
風音もそれが心地よかったようで、少し身動ぎして額を擦り合わせた。
「うん。あのね、私……やっぱり実弥さんが大好きです。師範としても勿論だけど……一人の人として大好き。お父さんが……お母さんによく言ってたの……愛しいって。私も実弥さんを愛しいって思う」
夫婦間で愛しいと紡ぐ意味合いは一つしかない。
風音にとってその意味合いが何を指しているのか……幼い時に見た光景であり記憶なので理解していないだろう。
それでもそれが特定の特別な人にのみ紡ぐ言葉だと理解しているようで…… 風音にとって当てはまる人は実弥ということだ。
今の風音の言葉を何度も脳内で反芻させ、実弥は目を見開いて額に広がっていた温かさからゆっくり離れた。
「お前……それって。はァ……気持ちは有難く受け取るが、まずは何の話すんのも怪我ァ治してからだァ。少し休め、麓着いたら起こしてやる……子供と約束あんだろ?」
「嬉しい……怪我治ったら……たくさんお話しして下さいね。少し……だけ……おやすみなさい」
人の気も知らずあっと言う間に夢の世界に旅立った風音に溜め息を零し、風音と自分の傷に包帯を巻き終えると、起こさないようふわりと抱き上げてゆっくりと山を下り始める。
「……どうしたもんかねェ。伊黒のことどうこう言う権利なくなっちまったじゃねェかァ……」
実弥の呟きは最近では冷たくなった風に流されて消えいった。