第4章 お稽古と呼吸の技
本当に突然体がふわりと浮き上がった。
危機的状況で緩慢としていた世界が速度を取り戻し、涙で滲んだ視界に広がったのは待ち焦がれていた実弥の顔だった。
安堵しているような悲しみをこらえているような……例えようのない複雑で胸を締め付ける表情と、涙を拭ってくれた左手が血に濡れている現状が涙腺を刺激し、顔を見られて嬉しいはずなのに涙が止まらない。
「実弥さん……血が出てる。ごめんなさい……私が約束破って……日の高い間に山を下りなかったから……痛い思いさせてしまって……本当に……」
そう言って涙を流し続ける風音を抱きすくめたまま左前腕に視線を移し、深く抉ったような傷を見て実弥は眉間に皺を深く刻ませた。
「……俺が来るまでよく頑張ったなァ。俺の傷は自分でつけたから気にすんな、お前はお前の心配してろ……すぐにお前をこんな状態にした糞野郎を片付けて来てやる、待てるなァ?」
優しく労る声音に縋り付きたくなる衝動を必死に抑え、もはや力が入り切らない手をギュッと握りしめて頷く。
「待ってる……起きて待ってるから死なないで……実弥さんを失いたくない」
「あんな雑魚に負けるかよ。もう喋んなァ……」
言葉を止めてやらなければ永遠と謝罪や涙が止まらないと察し、そっと口元に手の平を当てがい微笑んだ。
すると素直に口を閉じた一瞬後、この場に似つかわしくないほど嬉しそうな満面の笑みを実弥に向けて頷いた。
血を多く流し顔色を白くさせているものの、話したり笑顔を覗かせる風音を地面に横たえさせてやってから、日輪刀を振り上げて鬼へと向き直る。
「覚悟は出来てんだろうなァ?!俺は鬼に慈悲なんて出さねェ……俺の血に酩酊したままくたばれやァ!風の呼吸 弐ノ型 爪々・科戸風」
鬼に向けて勢いよく振り下ろされた日輪刀からは、荒々しくも驚くほど繊細な四筋の風の斬撃が放たれて、一寸の狂いもなく圧倒的な威力でいとも簡単に鬼の頸に届かせ地面に頭を転がした。
弟子にしてもらってから初めて目にした実弥の技は、鬼からすれば間違いなく脅威で避けたいもののはずだ。
しかし風音の目には、鬼に苦しめられている人に安堵をもたらす優しい風の軌道に見えた。