第4章 お稽古と呼吸の技
深く切れた傷口から手や指を伝って大量の血が地面へと流れ落ちる。
これほどまでに深い傷を実際に負ったことのない風音は苦痛に顔を歪めながら、勇が逃げていった道を塞ぐように血で線を引いて自分がその前に立ち塞がった。
「これで君はしばらくここで足止め出来る。私がここで血を流し続ければ通り抜けられないもんね?どうして私の血を嫌がるのかは分からないけど……」
忌々しげに睨み付けてくる鬼を朦朧とする意識を痛みで保ち睨み返しながら、ふと思い浮かんだのは実弥の姿。
(私の血……実弥さんにとっても嫌なものになるのかな?……害になったらどうしよう)
それどころでは無いはずなのに一度考えついてしまえば、嫌でもそればかりが頭をよぎってしまう。
鬼が動きを止めているからこそ嫌な考えが巡り、胸を締め付けて傷だけでなく心が痛みを伴った。
傷に対しても心の痛みに対してもどうしたものかと悩んでいると、自分と膠着状態を続けていた鬼が動き出した。
「何を……するつもり?」
目に映った光景だけで鬼が何をしようとしているのか理解したが、その絶望的な現実を受け入れられるかは別問題だ。
「見て分かるだろ、これでお前を殴り飛ばせば邪魔者が居なくなる」
鬼が手にしたのは、近くにあった倒木。
風音の胴体よりも太く風音の背丈よりも長さのある、朽ちて地面に倒れた木の幹だった。
「……反則でしょ。まだ実弥さんに基礎のお稽古しかつけてもらえてないのに、避けられる自信ないんだけど」
それを見越しての鬼の行動だろう。
剣術や体術に覚えがあるならば、血を大量に流さなくても少量の血を流して自分は動き回ればいい。
それをしない……それが出来ないからこそ大量の血を流すしか出来なかったのだ。
「それは好都合。さっさとくたばれ!」
風音の言葉に厭な笑みを浮かべた鬼は、まるで小枝を振るうかの如く重さのあるはずの木の幹を容赦なく風音に振り上げては振り下ろす。
どうにか鬼の慈悲の欠片もない攻撃を三度ほど躱したところで、風音の体力と気力が底を尽きて足元がぐらついた。
体勢が崩れた今の状態では次の攻撃は到底避けられない。
鬼が勝ちを確信して幹を振り上げるのを愕然と見つめていると、どういう訳か鬼の体も風音と同じようにぐらつき体勢を崩し地面に膝をついた。