第4章 お稽古と呼吸の技
実弥と小芭内、鏑丸が張り詰めた空気を纏っている一方、風音は目の前に姿を現した鬼の様相に愕然としていた。
「大っきい……悲鳴嶼さんくらい……?」
味方であれば行冥ほどの背丈が安心感をもたらしてくれるが、人を喰う鬼だと恐怖しか湧き出してこない。
先ほど実弥が呟いていた通り、風音は日輪刀……鬼の頸を斬り唯一その身を滅ぼさせることの出来る刀を持ってはいないし、ようやく健康体になった体に剣術など染み付いていない……つまりどう考え足掻いたところで、目の前の巨躯の鬼を倒すことが出来ないのだ。
「お前があの子供を逃がしたのか?あいつは稀血だったんだぞ!お前一人で賄えるものではなかった!」
流暢に話す人だった鬼の言葉に風音は木の棒を構え直しながら首を傾げた。
「マレチ?そんなの知らない。それが何であってもあの子を襲わせないし、代わりに賄われるつもりもないから」
虚勢を張るも体は正直で芯から震えてくる。
しかもその虚勢が鬼の怒りを誘発してしまったようで、鋭い爪と牙をギラつかせながら巨躯に似合わぬ速度で襲いかかってきた。
それを飛んだり木の棒で躱してみるも、たった一撃を受けただけで木の棒が抉れ使い物にならなくなってしまった。
「それにお前、稀血と反対に嫌な匂いがする。何だ……本当に人間か?!早く死ね!」
抉れボロボロになった棒を使えるところで折り、ささくれだった打ち捨てる予定をしていた棒だったものを、風音は血が出ることも厭わず強く握りしめて鬼に投げ付けた。
「匂いとか放っておいてよ!鬼の君に言われると複雑な……気分になる!」
攻撃力も何もない一撃だった。
ボロボロの細い木の棒の破片など鬼に通用しないと、鬼との戦闘経験が皆無の風音にだって理解していた。
さっきの行動は無駄な足掻きと、匂いがどうなどと言われたことに対する苛立ちでしたものに過ぎなかった。
それなのに鬼はまるでその破片が実弥たち剣士が持つ日輪刀と認識したかのように体に触れることを拒んだ。
(何?私の血が鬼にとって忌むべきもの?……村の人だけじゃなくて鬼にさえこんな扱い受ける私ってなんなの!)
いくら自問自答したとて疑問は晴れはしない。
しかし鬼が自分の血を厭うならばすることは一つだと思い直し、手にある凶器となったモノを腕に宛てがい一気に引き裂いた。