第22章 想いと約束
玄弥の癇癪を頭に思い浮かべたのだろうか、行冥がふわりと雰囲気を和らげると、実弥はようやく顔を上げて行冥を仰ぎ見る。
「ハハッ、玄弥は昔から変わんねェな。癇癪起こしてすぐ泣いちまう……クソ親父に俺が殴られてた時、噛みつきに行って返り討ちにあって泣いちまってたんです。すぐ泣いちまう頑固者……どこかの誰かさんと同じだなァ」
視線が風音に移されたので、まず間違いなくどこかの誰かさんというのは風音を指しているのだろう。
反論しようにも風音には反論する言葉を持ち合わせていない……何分、実弥の言うことに間違いがないのだから。
しかしそれより何より、今日、今初めて聞いた実弥の父親の話が風音に大きな衝撃を与えた。
風音の父親は鬼にされ人を多く傷付けたが、人であった時は笑顔の絶えない明るく優しい父親だった。
刀に触れて叱られたことはあったものの、当たり散らされることはもちろん手を上げられることなどなかった。
そんな大好きだった父親を彷彿させるような、普段の優しい実弥を見ていると、子供に無闇矢鱈と手を上げる男を父とするなど想像することすら難しく……どう言葉にしていいやら思い付かずに押し黙る。
「あ?……あぁ、クソ親父のこと話してなかったっけか?まァ、あれだ。絵に書いたような屑の話でよければ今度話してやるよ。別に隠すことでもねェし。ほら、お前も悲鳴嶼さんに世話んなったんだから、礼しとけ。……シャキッとしねぇか!」
踏み入りすぎてしまった……としょぼしょぼ落ち込む風音の背を実弥がポンと叩くと、我に返ったようにシャキッと背筋をピンと伸ばし、えらく姿勢のいいまま行冥に頭を下げた。
「は、はい!悲鳴嶼さん!私の突拍子もない提案を受け入れて下さりありがとうございます!私も後日改めてお家に伺わせて頂きます!本当にありがとうございました」
「二人とも礼など必要ない。私の屋敷へは礼のためではなく、元気な姿を見せに来てくれるだけで十分だ。さぁ、時透と約束があるのだろう?私も帰路につくので、途中まで共に行こうか」
暖かく柱の誰よりも大きな手は実弥と風音の頭をポンと撫でる。
風音はもとより、実弥ですらその暖かさに顔を綻ばせ、行冥の手を退けることはしなかった。