第20章 強化訓練と育手
(現風柱は荒い気性の持ち主だと話に聞いていたが……いや、それよりこの夙柱なる少女だ。こんな見知らぬ老人一人の命で涙を流すなど……普通ならば自刃しろと迫るところだろうに)
育手としてある程度情報は耳に入れていたので、現在の柱の名前や構成は把握していた。
もちろん夙柱という風の呼吸の派生である、夙の呼吸を扱う少女が最近柱に就任したことも老人は知っている。
だが長年柱として剣士たちを導いている実弥の性格の噂を耳していたと言えど、流石に最近柱に就任した風音の性格までは知らなかった。
その性格を知らなかった風音に視線を戻し、拳を包み込んでくれている手に自らのもう片方の手を重ね合わせた。
「儂は今でも自刃すべきだと思っております。人を守る剣士を育てる儂が、人を喰う鬼……しかも十二鬼月を生み出してしまったのだから。しかし儂の死が柱稽古に支障をきたすのであれば、せめて総力戦が終わるまで……この瑣末な命を繋ぎ止めるとお約束しましょう」
やはり老人の決意を簡単には覆せなかった。
しかし今ここで散るはずだった命をどうにか繋ぎ止めることが出来た安堵から、ついに風音の瞳から涙が零れ落ちた。
「ありがとうございます……私たちがお爺さんの想いを引き継ぎ、必ず鬼を滅ぼして帰るとお約束します。そして私の想いも変わりません。天寿を全うするまで……どうか健やかにと願っております」
俯きぽたぽたと地面に涙を落とす風音の胸に過ぎっているのは師範であった実弥のことだろう。
一歩間違えば実弥が腹を切ることになっていたからこそ、目の前の老人の姿に胸を痛め生きて欲しいと願っている。
「はァ……俺は爺さんにこれ以上どうしろって言わねェ。コイツの言葉聞いてどうするかは自分で決めろ。で、爺さんは何で育手やってんだァ?鬼殺隊の元剣士か何かか?」
実弥は未だに俯き涙を流す風音の頭をヨシヨシと撫でながら老人に問う。
すると老人は居住まいを正し、頭を深く下げて衝撃的な言葉を返してきた。
「申し遅れました。儂は桑島 慈悟郎、鬼殺隊にて鳴柱をつとめておりました。お恥ずかしながら鬼となった獪岳、その弟弟子である我妻善逸の師範に当たります」
風音の涙は驚きからピタリと止まる。
顔を見合せた二人が今まで爺さんと呼んでいた老人は、尊敬すべき大先輩だったのだ。