第20章 強化訓練と育手
風音が綺麗だと瞳に映している光景は、常人が見れば卒倒して盥を急いで取りに行ってしまう時限のものだ。
実弥の鋭く髪を舞い上がらせる程の暴風と、杏寿郎の力強く辺りをもう一段明るくする程の火炎がぶつかり合えば、相乗効果により空高くまで火災旋風が発生するのは当然。
「……これで杏寿郎さんの炎も現実に噴き出してたら大変だったよね。ここら辺一帯が焼け野原……鬼の根城でも一瞬で灰塵に帰せそう」
それでもやはり空高くまで伸びた炎の風は美しく、思わず風音が手を伸ばして先を追いたくなるものだ。
その美しい炎の風の勢いに負けず劣らず、地面で繰り広げられている攻防も物凄い勢いである。
「煉獄ーー!お前まだ痣出てねェよなァ!お前くらいの奴なら出せんだろォ!」
「君にそう言って貰えるとは嬉しい限りだ!ならば今日ここで出せるよう励ませてもらうぞ!」
流石長年柱を務めてきた二人の会話だ。
一般剣士ならばこんな会話を口にすることすら出来ない。
しかも実弥の頬にくっきりと風車を模した痣が発現し攻撃の威力が上がったのだが、杏寿郎はそれを嬉々として受け止め、押されながらも的確に技を返して傷一つついちゃいない。
「お薬、用意しておかなきゃ。実弥君や蜜璃ちゃん、時透さんによると、痣は通常では動くことすら儘ならないほどの体温と心拍数の上昇によって発現。戦闘などで強い興奮に陥った時に……だったよね?」
今の杏寿郎は間違いなく興奮状態だ。
痣者である実弥の攻撃を前にしているのだから当然のことだろう。
有事の際に備え風音が肩にかけたいつもの鞄に手を入れようとした瞬間、視界の端に見慣れぬものが映った。
「え?!痣……?!ちょっと待って!実弥君止まって!き、聞こえてない?!大変!」
あれでもないこれでもない。
鞄の中身が地面に落ちることも構わず、目当てのものを探し出して2人の側に駆け寄る。
それでも二人は目の前にいる互いの姿しか映しておらず、風音は目一杯肺に空気を送り込んだ。