第1章 木枯らし
そんな青年の視界に一際大きな籠が入った。
特に異臭がすることもないので、青年は何気なくそれに近付いて蓋を開け中を覗き込む。
「……喰った女の着物をご丁寧に保管してたってかァ?マジで胸糞悪ぃ」
乱雑に放り込まれている着物を手に取り籠から取り出すと、背後で重さのあるものがバサリと落ちる音がした。
何事かと振り向くと、実弥の服を襦袢の上に着た少女が体を硬直させながら目を見開く姿があった。
「お母さんの……着物。どうして……だって、村の人は行方不明になったって。すみません、すぐ戻るのでここで待っていて下さい!」
青年が止める暇もないほどに、制服を身に纏った少女は弾かれたように屋敷の外へと飛び出して女子とは思えない……一般人とは思えない速さで山を下っていってしまった。
「母ちゃんの着物?!嘘だろ……てか何で使えんだ?!」
様々な事に驚きの声を漏らした一瞬後、青年は部屋から飛び出し先を走る少女の後ろを付かず離れずで付けていく。
「鬼にも勝る鬼みてぇな人間もいるもんだなァ……あいつに嘘ついてあいつの母ちゃんを鬼に喰わせたってか?後味悪ぃ任務だ」
少女に聞こえない声は確かに苛立ちが含まれているが、少女の心を想ってか悲しみも含まれていた。
「風音!どうしてお前がここに……」
「そんなことに今答える義理はありません!私が聞きたいことはたった一つ、お母さんが薬草を取りに行って行方不明になったって嘘よね?」
少女が辿り着いた先はつい先ほどまで生活を営んでいた寂れた村だった。
村人と思われる男と向き合う少女…… 風音と呼ばれた少女の様子を青年は物陰に隠れて伺っている。
(胸糞悪ぃが人を斬るわけにはいかねぇしなァ……どうすっかねェ)
そんなことを思っていても目の前の遣り取りは進むもので、風音に向けられる男からの言葉は青年の胸の内をみるみる怒りに染めていった。
「そうだよ!変な力もって鬼みてぇな成したあの女が目障りだったから、化け物にくれてやったんだよ」
「何それ……自分と違うからって蔑ろにする貴方たちの方が鬼みたい!お母さんのお薬に頼ってたくせに」
「黙れ!さっさと化け物の所に戻れ!お前の役目を忘れんな!」
自分より遥かに小さく弱い少女の体を着き飛ばそうと手を上げたところで、男の動きが強制的に制限された。