第1章 木枯らし
そうしてついさっき飛び出した屋敷に舞い戻ると、少女は着たくもないのに着せられた綺麗な着物を脱ぐために帯に手をかけるが……
「ちょっ……と待てェ!何考えてんだ!?まさか脱ごうだなんて考えてねぇよなァ!?」
「え?そうですけど……だってこんな着物を着ていたら弔ってあげられない……大丈夫です!中に長襦袢を着てるから」
そう言ってなんの躊躇いもなく帯を解く手を、言葉ではなく今度は手首を掴まれて物理的な力で止められた。
「そんな問題じゃねぇだろ!長襦袢って肌着じゃねぇか!……ちょっと待ってろォ」
キョトンと自分を見つめ続ける少女の手首を掴んでいた手を離し、青年は羽織を脱ぎ捨てはだけさせていた警官が着る制服のようなものを脱いで少女へと手渡した。
「さすがに下は貸してやれねぇが、お前ならこれ着ときゃあ問題ないだろ。俺は先に埋葬しとくから着替えたらこっちに来い。分かったかァ?」
「え……私が身に纏って嫌じゃないですか?」
よく分からない返答に青年は首を傾げる。
鬼でもない普通の少女が自分の服に袖を通したとて、何ら問題ないからである。
「嫌ってなんだァ?女に服貸すのを嫌がる意味が分かんねぇ」
「えっ……と。そうですよね。ありがとうございます。ではお借りします」
歯切れの悪い不明瞭な言葉に青年は再び首を傾げながらもこのままではいつまで経ってもことが進まないので、少女に背を向けて骨と化した被害者へと足を向けた。
(あいつの思考回路がいまいち理解出来ねぇな。それにしても家に帰れねぇって……あ"ぁ"っ!クソ、そういう事かよ。攫われたんじゃなく故意にここに放り込まれたのか!神も仏もあったもんじゃねぇ……)
一人で人骨と向き合いながら苛立ちを必死に胸の中でおさめているのに、すぐ背後からスルスルと布が擦れる音が響いてくる。
……一人と言えど男がいる部屋で着替える行為に青年は大きく溜め息を漏らした。
(普通他の部屋に移動すんだろ!どうなってんだァ!?あいつの危機管理能力はよぉ!街に出れば一瞬で襲われるんじゃねぇか!?)
普通の女子なら感じなくてすむような例えようのない感情も相俟って、青年の表情はみるみる険しくなっていく。
それでもつい先ほどまで恐怖を抱いていたであろう少女にその表情を見せるわけにもいかないので、黙々と目の前の事柄に集中することにした。