第20章 強化訓練と育手
その日の夜。
実弥は楓を介して風音から間違いなく送られてくる手紙を寝室に続く縁側で待っていた。
(アイツいねェと静かだなァ。最近は蝶屋敷で世話なることも少なかったし、こんなに静かな夜は久しぶりだ)
話す相手はいない。
剣士たちは心身共に疲れ果てて夕餉を終えると眠ってしまったので、今起きているのは実弥のみ。
胡座をかいた膝の上を陣取っているサチも気持ちよさそうに眠っているので、耳が痛くなるほどの静寂が実弥を覆っている。
そんな静けさの中だからこそ普段なら聞こえない音も耳に届くというもので、音のした方角に目を遣り腕を前に翳した。
するとそれを待っていたかのように黒いものがふわりとそこに舞い降りてきた。
「ご苦労だったな、楓。風音は元気にやってんのか?」
実弥の腕に舞い降りたのは、首元に封筒を携えた楓。
楓は実弥の問い掛けにコクリと頷き、携えて来た手紙を取るよう実弥を見つめる。
「ハイ、元気ニオ稽古ヲ付ケテモラッテイマシタ。伊黒様モ心做シカ楽シソウデシタヨ」
「そうかィ。そりゃあ何よりだなァ。楓、疲れたろ?ここで休んでけ。返事は爽籟に運ばせるからよ」
さっそく実弥の脚の空いている隙間に身を落ち着けた楓から手紙を受け取って背を撫でてやり、封を開け入っている手紙を取り出して内容を確認した。
「おぉ……伊黒、あの杭に剣士縛り付けてんのかよ。どうにか風音は免れたようだが……伊黒って変に細かいと言うか徹底してるってぇか……起き上がれねェくらいに叩きのめした方が早くねぇか?」
どうやら実弥が剣士たちを地面に埋めないのは優しさからではなく、埋める手間より叩きのめす手間の方が軽いと判断したからのようだ。
「……てか手紙長ぇよ。あと三枚もあるじゃねぇか……んあ?最後……なんか書いてらァ。ふり仮名……あい……あ"ぁ"前に言ってた異国の言葉かよ。へぇ……ーー言ってやったら喜ぶんだろうなァ」
ふり仮名に沿って紡ぐ言葉はやはり聞き慣れない言葉である。
だがこれを手紙に書いている時の風音の表情や、自分が風音に向けて紡いだ時の表情を思い浮かべると、知らず知らずのうちに穏やかな笑みで満たされた。