第20章 強化訓練と育手
那田蜘蛛山となると随分と前の話だ。
少なくとも勇はその頃から風音が下弦の弐の娘であり、弟の仇の娘だと知っていたということを示している。
その時から勇や実弥に何も知らずに心を守ってもらっていたのだと思うと、泣きたくないのに涙が瞳に浮かんでしまった。
「ごめんね……実弥君、辛かったでしょ?言うに言えなかったよね。私が情けなく泣いてしまうって分かってたから」
「情けなく……なァ。お前、何か勘違いしてんぞ。俺も立花も、風音が情けなく泣いちまうからって理由で話さなかったんじゃねェ。当の本人が風音と仲良くなりたいんだって言ったんだよ。だから弟のことは言わないでくれってなァ」
ふわりと頭を撫でてくれる実弥の手に促されるように顔を上げると、手つきと同じく優しい笑みを向けてくれていた。
「お前が自分で繋いだ縁ってやつだァ。その縁を繋げ続けてェって決めたのは立花本人。風音はそれに応えてやれ。今まで通り笑って話してやれよ……俺もお前の泣いた顔より笑ってる顔のが見てェしなァ」
まるで笑えと言うように背に回していた手で頬をムギュっとされた風音は、それに素直に従い弱々しいながらも笑みを浮かべた。
「そうやって笑っとけ。……泣いた顔あんま他の男に見せんな。泣くなら俺の側に来い。俺が慰めてやるし、泣き止むまでこうして側にいてやる。あんま他の奴の前で弱み見せんじゃねェぞ」
そして実弥は大人しく頬を摘まれたままじっとしている風音の額に自分の額をそっと当てがい、今にも零れ落ちてしまいそうだった涙を親指で拭ってやる。
すると風音の顔にようやくいつもの笑顔が戻り、自分もと実弥の頬を傷痕の多く残る手で柔らかく包み込んだ。
「私は実弥君しか見えてないよ。実弥君が笑ってくれると笑顔になれるし、実弥君の優しい言葉は私を元気にしてくれるもの。私ね、勇さんにはやっぱりちゃんと謝ろうと思う。謝って……それでも笑顔を向けてくれるなら、お友達でいたい」