第19章 お薬と金色
するとやはり一切の抵抗もなく促されるまま素直に顔を上げ、穏やかな笑みを浮かべて実弥を見つめた。
そして失うかもしれない手は実弥の頬へ。
「一緒に頑張ろうね。鬼に悲しい思いをさせられるのは私たちだけでもう十分。鬼にはこれ以上奪わせない。私が実弥君の穏やかな笑顔を守るから」
柱になったとて中身や穏やかな笑みは変わらない。
頬に触れてくれている手の力も優しく、強ばっていた実弥の表情が自然と綻んだ。
「俺がどうにかしてやるって言ってんのに、お前が俺を守っちまうのかよ。せいぜい夙柱の手を煩わせねェようにしなきゃなんねぇなァ」
今までなら間違いなく
『俺を守るなんざ百年早ェ!』
と言われていた……と言うよりも過去に実際に言われていた。
しかし今は軽口を混じえていると言えど、守らなくてはならない存在ではなくなったと認める発言をしてくれた。
背に庇われるのではなく、隣りに並ばせて貰えたことが殊の外嬉しく、風音の顔が満面の笑みで満たされた。
「私が実弥君を煩わしいって感じることは一生ないよ!実弥君は今までもこれからも、私の光で憧れで目指すべき存在だからね!さ、玄弥さんとサッちゃんが待ってるから急ごう?……手拭いの準備をお忘れなく!サッちゃんの熱烈歓迎が待ってるから!」
サラリと惚気け、満面の笑みのまま頬から手を離し引っ張り歩く風音に対し、実弥が心の中で全力で叫んだ。
(今の雰囲気……どう考えても接吻する流れだろォ?!何処で俺は間違えたァ?!……いや、コイツにそういう雰囲気保たせんの苦労するの忘れてた俺が……悪ィか。風音が全っ然色気を覚えてくんねェ……)
風音が色香を漂わせるのは実弥が引っ張り出した時だけ。
そういったことに疎い少女を好いたのだから仕方がない……
しかし目の前の少女は受け入れ難い過去も未来も受け止め、生きようと懸命に己を奮い立たせるほどに強い少女だ。
いくら色香に疎いと言えど実弥にとってかけがえのない尊く失いたくない者。
そんな少女が笑顔でいることが実弥の切な願いなので、無邪気に笑い手を握っている少女に笑みを返し、藤の花の家紋の家へと急いだ。
……手拭いを風音の鞄から引っ張り出しながら。