第19章 お薬と金色
早とちりしてしまった楓から始まり、後日だと聞かされた就任式は急遽繰り上げられて本日となる。
整えていた心の準備を一度は隅に追いやりこれからのことを考えていたのに、再度心の準備を整えることとなった。
震える手で四つある釦をきっちりしめ、キュロットパンツを定位置に戻して羽織を羽織る。
「元の隊服……持って帰ってもいいかお聞きしてみよう。鬼殺隊に入ってからずっと任務を共にした釦ついてるし……」
こんな袖のない隊服を好んで着用する者など居るはずもないし、所々繕った跡があるので再利用しようにも出来ないだろう。
それでも鞄に入れないのは与えてもらっている隊服を個人の感情だけで持ち帰っていいのか分からないからだ。
お世話になった隊服を畳に置いた鞄の上に待機させ、何となくそうしなければならないような気がして手を合わせた。
「私を守ってくれてありがとうございました。必ず鬼を倒すので見守っていて下さい」
長い期間任務を共にした隊服に手を合わせ終えると顔を上げ、いつの間にか震えの止まっていた手を握り締めて実弥の待つ廊下へと足を向ける。
「風音ー、着替えたかァ?あんま着替えに割く時間やれねェから、着替え終わったらちゃっちゃと出てこいよ」
襖を挟んだすぐそこから実弥の声がちょうど聞こえ、張り詰めていた表情を綻ばせて取っ手に手を掛けてゆっくり開く。
「お待たせしました、師範!どうでしょうか?おかしなところはありませんか?」
笑顔のままクルリと一回転して見せ正面に戻った風音の瞳に映ったのは、想像していた以上に優しく穏やかな師範の顔だった。
「師範?」
「あ?あ"ぁ"……手のひらの豆潰して木刀吹き飛ばしてたお前が柱になっちまうんだなァって思ってよ。案外様になってんじゃねぇか?」
そう言って歩き出した実弥の後を早足で追い掛け、弟子で居られるせめてこの短い時間だけはと嬉々として大きく暖かな手を握りしめる。
「今は師範とお揃いの手です!もう豆が潰れて木刀や刀を吹き飛ばすことはなくなりした!」
「お前の喜ぶ基準が未だに分かんねェわ……揃いは兎も角だ、柱になんだから吹き飛ばしてちゃ話になんねぇだろ」
師弟関係最後の僅かな時間、二人は思い出話をしながら柱たちが待つ部屋へと足を動かした。