第18章 境内と家族
日々感覚共有からくる痛みの切り離しは練習していたので、痛みに関しては一瞬で済み、幸いなことに傷もないようである。
その痛みは苦痛で耐え難かったが、それよりも風音の胸を痛め付け簡単に消えてくれそうにない傷が心に残った。
堪えようとしても涙が勝手に瞳から零れ落ち、それを確認した実弥は風音の体を直ぐに抱き寄せ背中を撫でる。
「何があったァ?!体に痛みが出ちまったか?!」
体の痛みは残っていない。
消えてくれないのは心の痛みである。
「い、言えない。体の痛みはないから……大丈夫」
「言えないって……隠すな。泣いてんだからお前の許容範囲越えてんだろ。信用出来ねェわけじゃねェなら話してくれ」
体は力なく実弥の胸に預けているのに風音の意思はなかなか崩れてくれない。
「誰よりも実弥君を信用してるよ。それは今までも今もこれからも変わらない……でも……」
(どう伝えたらいいか分からないんだよ……玄弥さんと私が居なくなるなんて……言いたくない)
言葉を途切れさせ静かに涙を流し続ける風音の体を少し離し、翡翠石のような瞳に実弥自身の姿を映させる。
すると涙がとめどなく流れ出し、見ている実弥の胸の方が激しい痛みに襲われた。
そんな状態の風音を放置出来るほど実弥は器用ではない。
「でもじゃねェだろ。お前が反対の立場だったらどうするか考えてみろ。はいそうですかって納得すんのか?何事もなかったように振る舞えんのかよ?」
「出来ないから……泣いてるんだよ。実弥君の嘆き悲しむ顔なんてもう見たくない!言ったら実弥君の心が傷付いちゃう!こんな思いするのは私だけで十分なんだ!どうにか私で考えるから!どうにか……」
「風音」
静かで凛とした実弥の声音に、取り乱していた風音の体がピクリと震えギュッと瞳を覆い隠していた瞼がゆっくりと開く。
その瞳に映し出されたのは悲しげに眉をひそめる実弥の顔で、風音はどうすればいいのか分からず見つめ返し、ただ涙を流し続けた。
「風音が取り乱すくらいだ、それを聞けば俺は悲しむんだろう。だがお前がそうやって一人で抱え込んじまうことの方が俺は辛ェ。先はまだ決まってねェんだから話せ。お前が一番知ってるはずだ、先を変えることは出来るんだってよォ」