第18章 境内と家族
「ただいま戻りました!長い期間ヒイちゃんたちのお世話ありがとうございます!変わったことはありませんでしたか?」
家に帰って二人が真っ先に向かったのは居間だった。
普段は寝室に家族たちはいるのだが、家を出る際に隠たちが気を遣わずお世話しやすいようにと移動させたからである。
そこには二人の予想通り隠が一人……悲しげに眉をひそめて佇んでいた。
「風柱様、柊木さん。お帰りなさいませ……それが……今朝からシナの元気がありませんでして。ご飯を食べてくれないんです」
実弥が腕に抱えたイヌのことを聞こうと思っていた。
聞こうと思っていたのに……隠の回答にそれどころではなくなり、二人はシナが生活を営んでいる籠の前へと歩み寄り、腰を下ろして覗き込んだ。
「シナ君……どうしたの?……実弥君、何か病気になっちゃったの?カブトムシを診てくれるお医者さん……探さないと」
立ち上がり家を飛び出そうとした風音の手を実弥が握り、その動きを止めさせる。
何でと問い掛ける瞳は悲しく揺れており、実弥の胸が締め付けられた。
「カブトムシ診てくれる医者なんていやしねェ。それにコイツは病気でもなんでもない……寿命だ。だからここにいろ、看取ってやらなきゃ可哀想だろ」
「寿命……だって、お家を出るまでは元気だったんだよ?……ごめんなさい、私が刀を折らなかったら実弥君も今日まで家を空けることなかった……今日まで……もっと長い時間一緒にいられたのに」
亡くなる時は泣いてしまうのだろうなと思っていたが、やはり風音は泣いてしまった。
しかも不可抗力にも関わらず自分のせいだと責めて。
とりあえず実弥はイヌを傍らに座らせ、代わりに風音を胸の中へと誘って抱きとめてやった。
「居なくなっちまうのは悲しいよなァ。だがコイツは所謂天寿を全うしたってやつだ。死んじまうのは風音のせいでもなんでもねェ。コイツに対して今までしてやったことで後悔あんのか?」
嗚咽を漏らし泣く風音は首を左右に振る。
それもそのはずだ。
カブトムシを育てたことのなかった風音は実弥に育て方を聞いたり、畑違いだと分かっていてもしのぶに注意することを聞いたり……
果てには柱全員に、シナが健康に長生きする方法を聞いて回っていたからだ。