第1章 木枯らし
「お前なぁ……木の棒に全幅の信頼を寄せすぎだろ。夜の山ん中に女一人置き去りに出来ねぇ。それにお前、祝いの席からあの鬼に攫われてきたんじゃねぇのかァ?その着物……成人の儀か祝言の儀だったんだろ?」
嘘は付けない。
かと言って生贄として捧げられたのだと事実を打ち明け、目の前の傷痕だらけの優しい青年の気持ちを乱したくない。
……少女が考えた手段は顔を背けて視線をずらすことだった。
「お前、帰れねぇ……もしくは帰りたくない事情でもあんのか?」
(どうしよう……このままだと助けてもらったのに困らせることになっちゃう。こうなれば!)
少女は勢いよく着物をたくし上げ青年がぶち壊して入ってきたであろう障子があった場所へと全力で走り、今はチリとして消えていく化け物の屋敷から飛び出した。
「ぁん!?クソッタレェ!おい、女一人で……ってめちゃくちゃ速ぇなァ!待ちやがれェ!」
その声が認識できた時には少女の前に人影が現れ、急停止出来ない体はその人影に走る勢いそのままにぶつかってしまった。
しかしその勢いをものともせず少女の体はしっかりと温かな両手で支えられた。
「どんな事情があんのか知らねぇが一人で行動すんなァ……脚に自信があるようだが、現にお前はこうして俺に追いつかれた。獣に襲われりゃあすぐ食い殺されんぞ」
ぶつかったのはやはり先ほどの青年だったらしい。
どうあっても放っておいてはくれない青年にどうしたものかと俯いていると、視線を合わせるようにしゃがみこんで顔を覗き込まれた。
「帰れねぇなら家に無理に送らねぇ。行きたい場所かしたい事はねぇのかァ?それを叶えられる場所に連れてってやる」
「行きたい場所……じゃあさっきの屋敷に戻ろうかと。化け物の犠牲になった人たちを弔ってあげたいので」
悲しみを湛えたように震えた声を出す少女に、青年は僅かに目を細めて笑顔を浮かべるとゆっくりと立ち上がった。
「そうかよ。んなら俺も手伝ってやっから、弔い終わるまでに行きたい場所考えとけよな」
(行きたい場所……昔に住んでた家に戻りたいけど場所が分からないし、何年も前だから住める状態じゃないよね……とりあえず今は被害者の人を弔うことだけ考えよう)