第18章 境内と家族
「ではワンちゃん、おにぎりをどうぞ!」
半分に割った握り飯を手のひらに乗せて差し出し三秒後、風音の手のひらの上から握り飯が忽然と消え去った。
あまりの速さに衝撃を隠しきれない風音が実弥へと勢いよく顔を向けると、何事もなかったかのように振る舞うイヌとの相対的な反応に吹き出した。
「ハハッ!飯食べてる姿愛でる暇すらなかったなァ!ちゃんと見れなかっただろうから今度はしっかり見とけよ?俺が残りの半分を」
パクリ
「「あ……」」
籠から残りの半分を実弥が取り出した瞬間に、実弥の手から握り飯が消失した。
そしてイヌはやはり何事もなかったかのように二人の前で大人しくお座り。
さっきと違うところといえば、口の周りをぺろぺろと舐めているところくらいである。
「実弥君、柱よりも速く動ける生き物っていたんだね。私なんかより絶対速いよ」
「比べる対象ォ……にしても腹減ってたのか?見た感じは前とあんま変わってねェように見えるんだがなァ」
他の誰かにも可愛がられているのか、首輪をしていないのに目の前の白いふわふわは痩せているように見えない。
「昨日までは誰かにご飯を貰ってたのかもしれないけど、今日はまだだったんじゃないかな?お腹空いてるなら私のおにぎり半分あげる!せっかくだもん、今日お腹いっぱいで幸せな気持ちで眠ってほしい」
ふわふわな頭を撫でようと手を差し出すと、握り飯の匂いが残っているのかぺろぺろと舐め続けられてしまった。
その様子から腹が満たされていないのだと判断すると、苦笑いを零している実弥に微笑みかけて自分の握り飯を半分差し出した。
「どうぞ。これでお腹いっぱいになってくれればいいんだけと……足りるかな?」
今度はゆっくり咀嚼して食べるイヌを心配げに風音が見つめていると、その手の上に更に握り飯が追加された。
それは実弥の食べるはずだった握り飯の半分だった。
「こんだけ食べりゃあ腹も膨れんだろ。俺らの昼飯はどっかの店入って食えばいいしなァ」
実弥のイヌを見つめる表情は殊の外穏やかで優しく、思わず風音は見蕩れながらつられて笑顔を浮かべる。