第17章 芸術と嘘吐き
怪音波、風圧、雷、龍
全てが実弥に迫り行く光景は風音の脳内に緩慢な動きで映し出され、気が付けば分身から視線を外して実弥の元へと向かっていた。
「来んじゃねェ!クソ野郎の狙いはお前だ、ぐっ……構えねェかァ!」
血鬼術を避け龍を刻む実弥に叱責され分身に向き直り日輪刀を構え直した際に見えたのは、厭な笑みを浮かべて自分に向かって手を翳している分身の姿だった。
「未熟よのう。まずは小娘、貴様から地に伏せておれ」
殺されはしない。
それは先ほど鬼の分身の一体に運ばれていた時の行動から証明されている。
だが……殺されないだけ。
実弥の自分の名前を呼ぶ声が聞こえるような気がするが、体に落とされた雷の音で朧気にしか感じ取れない。
気を失いそうなほどの威力の雷の次は、容赦も何もない風が体を煽りいとも簡単に後ろへと吹き飛ばされた。
(いった……受け身、取らないと。足手まといになる……それだけは……)
金魚の針による痺れ、雷による痺れや火傷、痛みにより体が上手く動かない中、実弥に迷惑をかけまいとの思いだけで懸命に受け身を取り、地面に叩き付けられる衝撃に備えた。
(これで……どうにか!)
戦闘不能になる事態には陥らないはず。
骨の幾つかは折れるだろうが、腕や脚、背などは守れるはず。
そう思いながら衝撃を待っていたのに、もたらされたのは硬い地面の冷たさではなく……暖かな優しい衝撃だった。
「師範……すみません……」
「喋んなァ。はァア……いい度胸してんじゃねェかァ!この俺を囮に使いやがって」
全ての血鬼術を受けていたはずの実弥が、吹き飛ばされていた風音に追い付き抱きとめていた。
柱であり速力の優れた実弥であっても、そのようなことを成し遂げるのは不可能なはずだった。
二人の距離はさほど離れていなかったと言えど、血鬼術で動きを制限されていたし、龍によって分断されていたからだ。
更に風音は分身によって遥か後方へ吹き飛ばされていたので、例え血鬼術に襲われていなくても追い付くなど不可能であった。
こんな状況で風音を救い出せた実弥に何が起こったのかなど一つしか考えられない。
「実弥君……頬に痣が……」
実弥の顔を見上げた風音の瞳に映ったのは、右頬にくっきりと発現した深緑色の風車を模した痣だった。