第16章 里と狼煙
もう少し前となると選択肢はただ一つ。
「「情けは人の為ならず」」
風音と実弥、二人の重なった声はしっかりと無一郎の耳に届き、消滅寸前だった瞳の中の光がふわりと舞い戻ってきた。
「誰か……昔に言ってたような気がする。誰かと誰かがその言葉について話してて……それが……誰かは思い出せない」
風音の見た未来では四日後に無一郎の記憶が戻っていた。
それも上弦の肆と戦闘中、様々な事柄が重なり合って呼び起こされていた。
その未来が変わろうとしている。
「未来が……変わっちゃうかもしれない……実弥君、未来が変わる度に何度も何度も見るから、時透さんにここで記憶を取り戻してもらいたい!」
涙を滲ませた風音の願いは聞き入れてやりたい。
だが何度も繰り返し未来を見るということは、柱である無一郎が鬼と繰り広げる激戦を風音が見て経験してしまうということ……
実弥とて無一郎の記憶を少しでも早く取り戻させてやりたいが、無一郎が傷付き血を流す姿を幾度となく見て、一人心の中で泣き叫ぶ風音を想うと簡単には頷けなかった。
しかも先を見る際に少しでも気が削がれれば、柱である無一郎だからこそ持ち堪えられる傷を、それを持ち堪えられない風音が一身に全て受け持ってしまうのだ。
(何で感覚の共有を他人に丸投げ出来ねェようになってんだよ……出来るなら無理矢理にでも俺に投げさせんのになァ……)
出来ないことを嘆いても仕方がない。
このままいつまでも待たせていては、風音が行ってはいけない方向へ爆走してしまう……
「はァ……時透が嫌だって言わねぇならやってみるかァ。だが一つ条件がある。時透の意思とその条件が揃わねぇ限り俺は動かねぇ。そして時透の許可を得ても条件をのまず勝手をした場合、今回の戦闘からお前を外す。いいな?」
暴走しがちな弟子の首根っこを先手を打って掴むことで、勝手に暴走し勝手に一人心に傷を負う弟子の暴走を食い止める。
そしてその暴走しがちな弟子である風音は思案するように僅かに目を細めた後、慎重に頷き返して実弥の言葉を受諾した。