第16章 里と狼煙
(うわァ……あったけェし柔らけェ。鍛錬とか稽古で筋肉ついてるはずなのに……男とこんな違うもんかよ。……あ"、練り香水も付けてやがる)
床を共にし始めてから長い月日が経過したものの、ここまで素肌に近い状態で風音の暖かさを肌に感じたのは初めてなので、女性特有のしなやかで柔らかな感覚に感動。
それだけでも実弥の体温を上昇させているのに、自分より遥かに体温を上昇させている風音の暖かさや実弥が好きだと言った練り香水の香りが脳内をクラクラさせる。
「これ、いい匂いだなァ。意識朦朧としちまいそうだ」
静かながらも妙に色香漂う声音に反応した風音は、実弥の胸元に顔をうずめたままほんの少し身動ぎして小さく笑った。
「実弥君が好きって言ってくれた香りだからつけてみたの。はぁ……あったかくて心が穏やかになれるね。私はこうしてもらった時いつも意識が朦朧としてすぐ寝ちゃう」
実弥が言っている意識朦朧と風音の言っている意識朦朧には大きな違いがある。
だがその方が風音に変な気を起こさずにすみ、まだ手を出さないと頑なに決めている実弥にとっては抑止力となるので有難い。
無意識に実弥の頭の中のネジを固く締め直した風音をキュッと抱き締め直し、眠りやすいようにと背中を優しい力でポンポンと叩いてやる。
「寝るまでこうしててやるから寝ちまえ。明日……してェことあんだからなァ。ゆっくり体休めろ」
「ん。実弥君……何も悲しいこと起こらなかったらいいね。それでね、時透さんに怪我しないように……お伝えして、記憶戻った後は仲良くなりたい……」
眠りに落ちるその瞬間まで話し続けた風音に笑みを零し、実弥は手の動きを止めて柔らかな金の髪に頬を擦り寄せた。
「悲しいことが起こる前にどうにかしてやるし、時透ともお前ならすぐ打ち解けられんだろ。何も心配すんなァ……」
すぐに心配事を胸の中に作っては涙を流してしまう風音をまるで守るように抱きすくめ、実弥も心地良い暖かさに身を委ねて目を瞑り夢の中へと旅立っていく。
ふわりと香ってきた練り香水の香りが、この日の実弥の意識に残った最後の記憶だった。