第16章 里と狼煙
未だに無一郎の頬に添えられたままの風音の手を実弥はそっと外して握り締め、嬉しそうに笑みを深めたまま無一郎の肩を叩いた。
「よかったじゃねェかァ、時透。まだ一ヶ月半後までしか分かんねぇけど、その間にほぼ確実に記憶が戻んぞ。この事は俺と風音で記しといてやる、また明日その紙持ってお前に会いに行くから待っとけ」
「……あ、うん。たぶん明日には忘れてると思うけど……今日は部屋に戻る。じゃあね、不死川さん……と継子の人」
まだ風音の名前は覚えてもらえない。
覚えてもらえないが見えた先が珍しく嬉しいものだったのでそんなことは気にならず、立ち上がった無一郎のあとを追うように風音は実弥の手を引っ張って立ち上がり、部屋の前まで移動した。
「刀を修復していただくまで私たちはここにいます。いつでも遊びに来て下さいね。私も実弥君も歓迎しますので!」
「覚えてたら……また来るかも。じゃ」
スタスタと廊下を歩いていく無一郎からは感情が読み取れないものの、近い将来に笑顔が見られるのだと思うと自然と二人の表情が綻び、部屋の中に戻ってすぐ風音は堪らず実弥に抱き着いた。
「実弥君!嬉しいね!時透さんの笑顔……早く見たい。周りの人がつられて笑ってしまうくらいの笑顔。本当はもう少し見たかったけど……何でだろう?今日はすごく眠い」
抱きしめ返した風音の体は今にも眠りに落ちそうなほどに温かく、実弥の体もポカポカと暖かくしてくれる。
「もう晩飯も食ったから顔洗ってさっさと寝ちまえ。長時間移動したから体疲れてんだろォ。ほら、引っ張ってってやるから着いて来い」
「ん……でも先に食器とか返さないと。私が持っていくから実弥君はここで待ってて」
実弥の腕の中から抜け出し膳を重ねる風音の体は既にふらふらで、どう考えても重ねた膳を持ち運べるとは思えない。
「はァ、持てねェだろ。俺が返しとくから先に顔洗いに行くぞ」
「……ありがとう、お言葉に甘えます」
素直に実弥の好意を受け取った風音の肩を抱き寄せ、実弥は無一郎が歩いていった廊下をゆっくり進んで行った。