第16章 里と狼煙
それがこうして実弥自ら願ってくれた。
是非この心地良さを実弥にも……と思っていた風音は胸元から顔をひょこりと出して満面の笑みで頷く。
「もちろんだよ!ちょっと待ってね、今……浴衣を……はだけ……実弥君、恥ずかしいから後ろ向いてて?」
人の浴衣をはだけさせるのは恥ずかしげもなくやってのける癖に、自分の浴衣をはだけさせるのは恥ずかしいと言う。
まぁ実弥からすれば想像の範疇だったらしく、呆れることなく苦笑いだけを浮かべて素直に風音に背を向けた。
「別に焦ることねェからゆっくりしてくれ。俺はこの薬の匂い嗅いで待ってっから」
「ありがとう。あ、その香りを気に入ってくれたのなら練り香水にしてるのもあるから後で渡すね。今にして思えば爽やかな香りで、実弥君にピッタリの香りだよね」
薬の他に練り香水まで手掛けていたらしい風音は恥ずかしさから迷子になる手を叱責し、どうにかこうにか浴衣の襟元に指をかけて小さく息を零す。
静かな部屋では小さな音さえ実弥に届くので今の息を着く音も丸聞こえである。
(ようやく俺に対しても羞恥を持ちやがった。……にしても練り香水かァ、悪くねぇ)
「あぁ、後でくれ。俺にピッタリってのはよく分かんねぇけど、この匂いはすげェ好きだ。寝る前に付けりゃよく眠れ……」
「不死川さん、入っていい?」
何故だろう。
実弥が風音を愛でようとすると基本的に誰かが来てしまう。
今声を掛けてきたのがいつも通り天元だったなら怒鳴り散らして追っ払っていたが、今回の声の主は最年少の天才剣士である霞柱の時透無一郎なのでそんなことが出来るわけもない。
風音も声の主が無一郎だと気付き、顔を真っ赤にしながら襟元を正してから、向き直っていた実弥に照れ笑いを浮かべつつ廊下へ繋がる襖に歩み寄り、取っ手に手を掛けて無一郎を迎え入れた。
「こんばんは、時透さん。どうぞ中へお入り下さい。そしてよろしければ夜ご飯一緒に食べましょう!私、お二人の分もいただいてくるので待っててくださいね!」
二人が止める隙すらなく風音は無一郎を部屋の中へ招き入れてすぐに部屋を飛び出していってしまった……三人分の夕餉を求めて。