第16章 里と狼煙
ふにゃりと笑った顔の横に垂れる後れ毛を掬い取り実弥が指先で弄んでいると、風音は眉を下げてその手に触れ頬を擦り寄せた。
「でも……実弥君に謝りたい。お湯を掛けてしまったり生意気なこと言って……ごめんなさい。私の行動も褒められたものじゃなかったよね。イヤなことをしてごめんなさい」
柱として褒められた行為をしていなかったと言えど、今の風音の脳内を巡っているのは炭治郎の裁判の際に杏寿郎に言われた言葉だった。
『柱の言動を諌めるのは柱の仕事』
今回その場にいたのが実弥の弟である玄弥と何度か大きな任務を共にしてよく知った継子同士の炭治郎だったからよかったものの、関わりの薄い一般剣士だったならば実弥の柱としての立場を悪くしていたかもしれない。
実弥を慕い尊敬しているのに立場を悪くしていたかもしれないと思うと、声に反応してくれなかったことなど瑣末なこととなり胸を苛んでいたのだ。
そんな風音の心情を読み取っているのかいないのか……今の実弥の表情からは分からないが、腕を引かれ胸元に寄せてくれたことを考えると湯を掛けたことに実弥が怒っていないのだわかる。
「あ"ぁ"……正直びっくりしたし他のヤツに同じことされてたらぶん殴ってた自信ある……が、その前にお前の呼ぶ声を無視しちまったからなァ。俺こそ悪かった、悲しいこと思い出しちまったんじゃねェか?」
胸元から響く実弥の声が穏やかで苛まれ痛みをもよおしていた風音の胸の内が癒されていく。
心地よい声がもっと聞こえるように、心安らぐ温かさをもっと感じ取れるようにと実弥の背に腕を回してピタリと寄り添った。
「実弥君は何でもお見通しだね。でも私の最優先は実弥君なんです。何を置いても実弥君が大切だから、私の感情は二の次でいい。確かにあの時は少し寂しかったけど、今はそれが消滅して更に幸せが上乗せされてるの。フフッ、仲直り出来てよかった」