第16章 里と狼煙
「実弥君、いっぱい歌舞伎揚げもらっちゃったね。お夜食が増えて嬉しい!しかも今から温泉……実は温泉って初めてなの。楽しみだけど少し緊張する」
一度与えてもらった部屋へと戻り、いただいた歌舞伎揚げと買っておいた甘味を置いて風呂の準備を済ませ、今は里長に勧めてもらった温泉へと二人で向かっているところである。
「よかったじゃねェか。てかお前、ここに来んの初めてだもんなァ。刀鍛冶の里は柱でさえ正確な場所知らねェ隠れ里だ。鬼も出ねぇ刀もねェからゆっくり休め。鬼殺隊入ってからあんま休みなかったろ?」
ここ数ヶ月療養以外で休みなどほぼなく任務に赴いていた。
ゆっくり休めるのは心から嬉しく……しかも実弥と数日間共に過ごせるので風音にとって幸せいっぱいな期間である。
しかしこの間も鬼が出ているのだと思うと胸がザワつくのも事実であって……
「不思議な里だね。ここでしっかり休んだあとは任務頑張らないと!実弥君、帰ったら鍛錬とかお稽古とか任務とか……よろしくお願いします」
すっかり鬼殺隊一色に染まってしまった風音に苦笑いを向け頷くと、温泉へと続く階段を風音を伴い上り切って脱衣場の前で足を止めた。
「……ここの温泉は特に男女で分けられてねェんだ。服脱いで準備したら入ってこい。特に音も聞こえねェし大丈夫だろ」
風音と実弥の耳に届くのは温泉が湧く時に出るであろう水音と風に揺れた葉が擦れ合う音だけ。
確かに話し声や人がいる気配は感じないので、今だけは目一杯楽しむと気持ちを切り替えて笑顔で頷いた。
「混浴なんてなかなか刺激的!そのお陰様で実弥君と入れるから凄く嬉しいけど。じゃあ実弥君、私の方が遅いと思うから温泉に入って待っててね!では……いざ!」
「おォい、走って転けんな……って聞いちゃいねェ。まァそこまでドン臭くねェか。俺も久々にゆっくり体ほぐさねぇと」
早足で脱衣場へと向かった風音を見送ると、実弥は反対側の脱衣場へと入っていった。
束の間の安息の時間、どうやって風音を甘やかせてやるか考えながら。