第3章 能力と剣士
あれから数時間が経過した。
夕餉の時間になっても風音が目を覚ますことはなく、夜も深けた現在も身動ぎ一つしないまま眠り続けている。
頭を撫でようと頬に触れようと全く起きないので、実弥は何度も息をしているのか確認をせざるを得なかった。
「お前の体になにがあったァ?頼むからこのまま目ェ覚まさねェなんてやめて……」
「んん……」
実弥の心配げな声に反応したのか、身動ぎ一つしなかった風音の体がゴソゴソと動き出し、隣りに横たわっている実弥の方に体が向いた。
瞼も僅かに震えているので覚醒が近いのかもしれない。
横を向いたことにより顔にかかった髪をそっと掻き上げてやると、ほぼ半日ぶりとなる翡翠色の瞳がゆっくりと姿を現していった。
「実弥……さん?」
まだ夢現なようで瞳の焦点があっていないものの、目の前にいる実弥の存在はしっかり認識出来たようだ。
その様子に実弥はホッと息を零し、軽く頬をつねった。
「長ェ昼寝だなァ……何時だと思ってやがる。あんま心配かけんなって言ったとこだろうが」
長い睡眠により頭が覚醒していない風音はキョトンと目を瞬かせ逡巡しているが、やはり考えが纏まらないようで不安げに瞳を揺らした。
「はァ……今は無理に考える必要ねぇよ。まだ眠いかァ?」
「……少し眠い……けど……」
掠れた言葉の次に出てきたのは、不安げに揺れていた瞳から流れた涙だった。
何がどうなって涙が流れているのか分からない実弥は目を見開き肩をビクつかせた。
「なんだァ?!やっと起きたと思えば……嫌な夢でも見てたのかァ?」
頬をつねっていた手で頬を撫でると、まるで縋るように風音がその手を握り締めてきた。
「実弥さんが居なくなる夢……を見ました。お父さんとお母さんみたいに……いきなり私の前からいなくなるの。待っても待っても帰って来てくれなくて……また一人ぼっちになってた。もう……置いていかれたくないです」
せっかく姿を現した瞳は瞼をキュッと瞑ったことにより見えなくなり、代わりにとめどなく涙が溢れ頬を濡らしていく。
昨日会ったばかりの自分を何故ここまで求めるのか分からないが、目の前の少女の悲しむ姿は実弥の胸の中を締め付け、知らず知らずのうちに布団の上から抱きすくめていた。