第14章 炎と風
呆然と嘘のような風音の話を聞いていた元炎柱であり杏寿郎の父親である槇寿郎はハッと我に返り、酒瓶を抱きかかえる細い腕を掴もうとして……実弥によって叩き落とされた。
「どうせ、お前みたいな小娘に何が分かるって言おうと思ったろ?はァ……自分だけがドン底に突き落とされたなんて考え捨てろ」
風音の身の上を話してやろうかと思ったが、風音はどちらの方が辛い想いをしたのか比べるなど望んでいない。
未だに実弥を見上げてくる風音は穏やかな表情をしているので、喉元まで上ってきた言葉を飲み込んで頭を撫でてやった。
「行くかァ。早く頬冷やさなきゃなんねェからなァ。それ寄越せ、俺が持ってやる」
「フフッ、ありがとう、実弥君。杏寿郎さんのお父さん、私たちはこれで失礼します!突然の無礼をお許しください!あ、お詫びにこれをどうぞ!胃薬と二日酔いを軽減させるお薬です。どうかお体を大切になさってください」
酒瓶を実弥に持ってもらった風音が着物の襟元から取り出したのは小さな紙の包み……しかも中身は今の槇寿郎の体にとって必要な薬の入った紙の包みだった。
「何でそんな薬持ってんだよ……お前の襟元に何入ってんだァ?ちょっと全部出してみろ」
槇寿郎の手に薬を握らせた風音を促し、元々足を向ける予定だった道を進んでいく。
その二人の姿からは過去の悲しみや辛さを全く感じ取れず、槇寿郎は複雑な気持ちで握らされた薬を手を開いて見下ろした。
「風音」
簡単な処置を風音の頬に施し戻った不死川邸の寝室内。
しっかり昼間の鍛錬を終えて任務までの時間を二人は寝室で寛ぎながら過ごしていた。
そんな時、不意に名を呼ばれ実弥の顔を見ると、ふわりと優しい力が風音の肩に加わり暖かさに包まれた。
それに応えるように風音が実弥の背に手を回して胸元にぴたりと頬を寄せる。
すると実弥は風音を抱き締め直して肩口に頭を預けた。
「あんま溜め込んだり無茶してくれんな。何もかも全部俺に話す必要なんてねェけど、辛くなったり泣きたくなったら俺の側に来い。聞いてやれなくてもこうしてやることくらいは出来んだろ」