第14章 炎と風
「杏寿郎さんのお父さん……きっと貴方もたくさんの絶望や抗いようのない悲しみを受けたのだと……思います。私では計り知れないほどのものが……その身に降りかかったのだと思います」
先ほど不可抗力とは言え殴り付けてしまった罪悪感からなるものなのか、元炎柱は片手に持った酒瓶が風音によってすり抜かれても何も言わずただ静かに翡翠石のような瞳を見つめている。
その様子に驚く実弥の姿すら目に入っていないようだ。
「でも……どうか杏寿郎さんと仲良く暮らして欲しい……言っても信じて貰えないと思いますが、私は人の先を見ることが出来てしまいます。今だと三ヶ月ほど先まで……人の未来が見えます」
風音の頭から離れていないことがある。
それは誰にも……実弥にすら伝えなかったこと。
杏寿郎が凄惨な最期を迎える間際、杏寿郎が愛する家族に遺した最期の言葉。
「汽車での任務をご存知でしょうか?汽車での任務を終えた後に、上弦の鬼と刃を交えた任務です。杏寿郎さんは私たち一般剣士のみならず、乗客乗員の全てを守り切って上弦の鬼を退け生きて戻って下さいました。でも……もう一つの未来では……凄惨な最期を迎えられたんです」
「お前……何を言って」
「黙って聞いてろ、コイツの力はお館様も柱も知るところだ。しっかり聞いてこれからの身の振り方考えろ」
信じられるわけがないと足を動かしかけた元炎柱の足を止めさせたのは実弥の言葉だった。
風音を外的、内的要因の全てから守るように風音に寄り添う実弥の静かな言葉や雰囲気は、元炎柱をその場に留まらせるのには十分だった。
「杏寿郎さんが死の淵にありながらもお父さんに遺した言葉は『体を大切にしてほしい』でした……目の前からいなくなってから涙を流し悔やみ懺悔しても……戻ってきてくれません。これ以上お父さんに悲しい想いをしてほしくない。どうか一度杏寿郎さんと向き合ってみて貰えませんか?それまでこのお酒は私が預からせて頂きます」
涙を拭い頭を下げると、シレッと……本当にシレッと風音は大きな酒瓶を両腕で抱えて実弥を見上げた。
「そんな酒捨てちまえ……槇寿郎さんよォ、風音の今の言葉聞いてどうするか本気で考えろ。取り返しつかなくなっちまっても知んねェぞ。柱がどんな鬼と戦ってんのか知ってんならなァ」