第13章 夜闇と響鳴
「旦那さん、突然失礼します。今お時間よろしいでしょうか?」
店の者の目につかぬよう窓から外へと移動し、女将の旦那の部屋へとやはり窓からお邪魔した。
驚き窓の方を見た旦那の手に握り締められていたのは女将が着ていたであろう着物。
今から鬼との戦闘でここらが激戦地と化すわけだが、悲壮に満ちた表情の旦那の気持ちを少しでも癒せるならば心が軽くなるように思える。
二日間衣食住の世話になった旦那に失礼がないよう床に跪きこうべを垂れると、旦那は警戒したように少し身を引き体を僅かに震わせながら言葉を紡いだ。
「お前は…… 風音か?顔に傷があって髪も長かったように思うが……それにその格好はなんだ?」
「私は鬼殺隊と言って鬼を滅する組織に属している剣士です。このお店の蕨姫花魁が鬼だと情報が入ったので、勝手ながら変装して潜入させていただいておりました」
そう言って風音は風呂敷に包んだ物を座っている旦那の前に差し出して再度頭を下げた。
「これは私を雇い入れて下さった際に支払っていただいたお金と、お世話になった二日間分の衣食住のお金です。私はこれから鬼……蕨姫花魁と戦うのでここら一帯は激戦地となります。旦那さんは花街を出てすぐのところにある藤の花の家紋が書かれているお家へ向かって下さい。そこで女将さんを鬼から匿っていますので」
鬼と認識して蕨姫花魁と実際に接していなかった旦那の頭の中は混乱しているのだろう、目を見開き信じられないものを見るような目で風音を見つめている。
しかし行方不明とされていた女将が無事なのだと知ると、風音ににじり寄って手を握った。
「あいつは生きてるのか?匿ってるって……その……鬼に狙われていたのか?」
「正確には蕨姫花魁が人間でないと気付いた女将を空から落下させたのを……こちらも勝手ながら私が保護して鬼殺隊に献身して下さっている方々の元へ運びました。さぁ、鬼は日が沈めば動き出します、避難誘導は私たちに任せて旦那さんはここを離れて下さい」
握られた手を一度強く握り返すと、風音は最後にと頭を下げて窓から飛び出していった。
残された旦那はしばらく呆然としていたものの、風音に言われた通り急いで店を出て無事だと教えてもらった妻の元へと、夕日に照らされた花街の道を走り出した。