第13章 夜闇と響鳴
(理不尽過ぎる……正に鬼の所業。痛いけどこれくらいで済むならなんて事ないか。心から謝るふりをしてさっさと退散しようっと。先も見させてもらえたし)
なんと平手打ちをくらわされた瞬間に先を見たらしい。
さすが日々実弥の任務に同行し能力を鍛えていただけのことはある。
「申し訳ございません。花魁のお目汚しにならぬよう、明日からは何かで隠させていただきます。では何かご用が御座いましたらいつでもお呼びください」
そそくさと廊下へ移動して鬼花魁へ部屋を明け渡すと、機嫌悪そうに鼻を鳴らして中へ入りぴしゃりと襖を締め切った。
(うん、討伐するまで心の中で鬼花魁って呼ぼう)
昔読んだ妖怪の本の中に『覚(さとり)』というものがいたなぁ……相手の心を読む妖怪。
そんな能力を鬼花魁がもっていなくてよかった。
と呑気に考えながら階段を下りて女将のいる部屋へと向かう。
「女将さん、お片付けも無事に終わりました。もし宜しければ買い出しにでも……」
バンッ
と今度は勢いよく襖が開かれた。
「あんた……さっそく花魁に手を上げられたのかい?頬が腫れてるじゃないか」
禿たちへの折檻を代わりに受けさせるために雇い入れたと言えど、やはり歳若い少女が頬を腫らしている姿を見るのは心が痛むらしい。
遊郭の女将は怖いのかもしれないと思っていたのだが、風音の頬に触れる女将の手つきは優しく……母親を彷彿させた。
「ご心配ありがとうございます。私は大丈夫ですのでお仕事を言いつけて下さい。女将さんの負担を減らしたいんです」
未だに頬に触れてくれている手に自分の手を重ね合わせて女将を見上げると、少し悲しそうに目を細めて小さく息を零す。
「そうかい。傷薬や湿布はあっちの部屋にあるから好きにお使い。手当てが終わったらお茶っ葉を買ってきておくれ、予備が少なくなってしまってね」
「お言葉に甘えて使わせていただきますね。では女将さん、行ってまいります。確かお茶っ葉を売っているお店は少し離れていたと思いますので……一時間ほどで帰れるかと」
風音の脚ならば往復で十五分もあれば店まで戻れるが、そんなに速く走れる少女などこの遊郭の中にはいない。
普通の少女が普通の速度で歩きかかるであろう時間を考えて告げると、女将は手を頬から離し小さく頷いた。
「そうだね。気を付けて行っておいで」