第13章 夜闇と響鳴
風音の潜入作戦が失敗に終わり実弥がひっそり心の中で安堵しながら任務の準備を始めた頃、風音は屋根から人目をしのんで飛び降り京極屋付近の様子を伺っていた。
「特に変わったことはなさそう。北側の部屋と言えどお日様が出てる間は鬼も出てこないもんね……我妻さん、大丈夫かな?鬼に目を付けられるはず……」
「ちょいと!お嬢ちゃん!さっきの色男が連れてたお嬢ちゃんじゃないか!こっちにおいで」
心配げに鬼のいる部屋の窓を眺めていると先ほど聞いた覚えのある声が聞こえてきた。
その声に振り返ると笑顔で手招きしている京極屋の女将がいたので、風音は思案するのを中断して女将に歩み寄った。
「京極屋の女将さん。どうされましたか?」
「さっきはお嬢ちゃんを遊女にって言ったんだけど、言い値で構わないから下働きとして来てくれないかい?確か……腕っ節はあの色男のお墨付きだとか」
潜入したいと思っていた風音には吉報、心の中で安堵した実弥にとっては凶報がもたらされた。
念の為に傷痕を付けたままにしておいた自分にこっそり賞賛を送り、実弥の心知らずの風音は心の中でもちろんと答えつつも女将の心変わりに疑問を呈した。
「昔父から手解きを受けましたのでそれなりには……でもどうしてですか?私のような女性より、お店の警護の類いならば男性の方が適任かと思いますけど」
鬼殺隊として今も日々鍛錬を続けているからなどとは言えないので、嘘のない程度に自分の腕を売り込みつつ、率先して遊郭に売られたいと思っていると思われないよう当たり前のことを聞く。
すると女将は少し言いづらそうに悩んだ後、京極屋から離れるように風音の腕を引っ張って小さな声で答えた。
「うちに蕨姫花魁っているの知ってるだろう?あの子がちょいと扱いが難しい子でねぇ……気に入らないことがあると、下の子たちに当たり散らして怪我を負わせちまうんだ。うちは人を商売として扱ってるから怪我人が増えるのは困るんだよ」
遊郭での女性たちの立ち位置に胸が痛むも、実弥には割り切って任務をこなせと言われ続けていた。
人には人の事情があり、その事情を涙を飲みながらもどうにか受け入れ生活を営んでいる。
そこへ無闇矢鱈と首を突っ込み、責任も取れないのに掻き乱してはいけない……と。