第11章 薄暮と黎明
「傷は浅いから大丈夫。縫合は戦闘後……今はたぶん包帯とお薬だけで動ける。もうすぐなはずなんだ、杏寿郎さんが怪我をするのは。行かないと」
焦れば焦るほどに手元は震え包帯がズレてしまう。
こうしている間にも杏寿郎は毒を体内で中和しつつある猗窩座を林の中へと吹き飛ばし、それを追いかけ姿を消していってしまう。
「ダメ……包帯なんてどうでもいい。行かなきゃ」
包帯は弛んで辛うじて傷口を覆っているだけ。
しかし今は綺麗に巻いている時間が惜しいとの結論に達した。
地面に転がしたままだった日輪刀を鞘へとしまい、杏寿郎と猗窩座が消えていった林の前で立ち止まって白くはためく羽織を見つめながら脚を踏ん張った。
(猗窩座に飛ばされちゃうはず……私が緩衝材になって杏寿郎さんの怪我を防がないと)
そして大きく息を吸い込み、今し方猗窩座によって弾き飛ばされた杏寿郎の体のみをしっかり見すえる。
「炎柱様!私が受け止め勢いを殺します!」
杏寿郎に聞こえているのかは分からない。
分からないが聞こえていても聞こえていなくてもすることは変わらないと、受け止めれば無事では済まない勢いの体を抱きとめた。
ボキッ
脳内に鈍い音が響くと同時に胸元を貫く激しい痛み。
「何を?!」
衝突したのが地面よりも柔らかく暖かなものが風音の体だったのだと気付いた時には、杏寿郎は本来受けるはずだった衝撃より随分と軽い衝撃のみを地面から受けた。
杏寿郎の耳にも届いた鈍い音を鳴らせたはずの風音は日輪刀を抜き出して、杏寿郎を追ってきた猗窩座を迎え撃っている。
「炎柱様は少しでも体力の回復を!くっ……夙の呼吸 弐ノ型 吹花擘柳!」
折れたであろう肋骨や自分で切り裂いた首の傷が疼き痛みが風音を襲った。
気合いで痛みを消すには過ぎた傷なのか、猗窩座に攻撃を繰り出し続けるほど興奮状態が続いているにも関わらず痛みは全く消えてくれない。
「風音、下がれ!一度距離をとるぞ!」
「はい……ーーっ?!血が……」
興奮状態に陥った状態で技を放ち続けたことにより気が削がれてしまった。
首元の傷に向けていた意識が完全に途切れたと同時に、風音の首元から血が流れ落ちていく。
「お前……血が」
今まで狂気の笑みを浮かべていたとは思えない鬼の声が風音の鼓膜を刺激した。