第11章 薄暮と黎明
(爪?!剥がそうとしてるっ……!取り込まれて一瞬でも予知能力を手にされたら……鬼の先も見えるって鬼にばれる!……いっ…!痛い痛い!)
こうしている間にも爪はメリメリと剥がされつつあり、激痛を伴っているといえどどうにかしなければ鬼側に勢いを与えかねない…… 風音が原因となって。
今まで血を鬼に注ぎ込んでも予知能力は取り込まれなかったが、体の一部を取り込まれた場合は今まで経験がないので未知の領域である。
(防がないと……!すぅ……夙の呼吸 弐ノ型 吹花擘柳)
渾身の力で右手に絡みついていた肉塊を引きちぎり、爪を剥がしにかかっていた左手の肉塊を切り刻んで手をどうにか解放した。
やはり爪を剥がし取ろうとしていたらしく、左中指の爪は半分以上剥がれていた。
「つっ……!」
しかしいくら激痛を伴っていようと痛みに身を委ね手当てに時間を割いている場合ではない。
汽車が大きく揺れ横転しようとしているからだ。
幸いにも肉塊は本当に先ほどのが最後の足掻きだったようで、切り刻んだものを最後に再び出現することはなかった。
「風音!何があった?!大丈夫か?!」
客車の屋根の上に出ようとしているのだろう。
杏寿郎は車両の出入口まで既に移動していた。
「なんでもありません!大丈夫です、私も屋根に移動します!」
「……分かった!先に行くので後から続き、屋根に到着次第技を放って車両への衝撃を出来るだけ緩和してくれ!」
「かしこまりました!」
一度日輪刀を鞘へと戻しながら杏寿郎が屋根へと飛び移った出入口へと移動し、左中指の激痛に堪えながら屋根に手をかけ飛び移った。
すると既に杏寿郎は技を多く放っており、その剣技は見とれるほどに的確で美しかった。
「役に立たないと……実弥さんとの約束守らないと!夙の呼吸 弐ノ型 吹花擘柳!」
車体の揺れを利用して技を放ち、下から上へと風の礫を勢いよく舞い上がらせ車体も浮かす。
風音がこうして技を一つ放つ間に杏寿郎は二、三もの技を繰り出しては車体を守り続けている。
「今の私に出来ることを全力で!夙の呼吸ーー」
時間で言うならば短い間だったのだろうが、車体が横転して動きを止める頃には風音の腕は限界を迎え……剥がれかけていた爪は吹き飛んでしまっていた。