第11章 薄暮と黎明
実弥から聞いていた通り柱の指示に忠実に従う風音に笑顔で頷き返し、杏寿郎は背を向け両足で床を踏み切ると車両内で蠢く肉塊を風音より細かく切り刻みながら物凄い速度と勢いで前へと姿を消していった。
その姿を見送ると風音は少年を椅子へと座るように促し、日輪刀を構え直す。
「色々聞きたいこともあるかもしれませんが、今はそれよりご自身の命を守ることに専念して下さい。ここから帰られれば穏やかに過ごせます、もう暫く辛抱していてください!」
「あ……うん。気をつけて……薬、本当にありがとう」
巾着に入った薬は風音特製のもの。
長い期間、来る日も来る日も調合したり抽出したり……何度も失敗しては一からやり直しを繰り返し完成した貴重なものだ。
常中をものにして永遠と薬作りに勤しんだ結果が役に立ったことが嬉しく風音の顔に笑みが浮かぶ。
「いえ、お気になさらず。ではまた後ほど」
ヒラヒラと手を振って笑顔を向け終えると、先ほど切り刻んだ肉塊が再生しつつある車両へと戻っていった。
「夙の呼吸 参ノ型 凄風・白南風」
ふわりと風を巻き起こしては肉塊を切り刻みを幾度となく繰り返し、任された車両を往復する。
そして最後尾の車両の肉塊を切り刻んだところで、どこからともなく声が響いてきた。
『君は……前の下弦の弐の娘……?確か先を見る力があるんだよねぇ?いいなぁ、その力俺にちょうだいよ』
姿は見えないが話している内容からして鬼に違いないだろう。
そして本部や柱、風音が懸念していた通り予知能力は鬼に知れ渡っていたようだ。
「私を喰べる?予知能力が私にあったとしても鬼の先は……見れないし、何より私の血肉は鬼にとって猛毒だよ?肉塊の傷口に血を垂らしてあげようか?」
先ほどは禰豆子の先が見れた。
しかし基本的には鬼の先は見られないので、言っていることは間違っていないはずである。
しかし何度か切り刻んだ後に今喋っている鬼の一部であろう肉塊に触れて……朧気に頭の中に先が浮かんできて本人が一番驚いているところだ。
(これは秘密にしとかないと。実弥さんや柱の皆さんには伝えなきゃだけど……)
しばらく沈黙が続いた後、風音が痺れを切らして日輪刀の刃を腕にあてがい軽く滑らせる。