第11章 薄暮と黎明
よじ登る時に手が一瞬滑ったのはご愛嬌。
「危なかった……まずは中に入らないと。最後尾の車両に入口あったよね」
気を抜けば風に煽られて吹き飛ばされそうな屋根の上を後ろ後ろへと向かって歩き目的地へ到着すると飛び降り、客車内に繋がっている妻引戸を開けて中へと足を踏み入れた。
「楓ちゃん、お顔だけ出してて大丈夫だよ。……それにしてもやけに静かなような」
風音から顔を出すお許しの出た楓は鞄の蓋の隙間から顔を覗かせ辺りをキョロキョロと見回す。
「乗客全員眠ッテイルヨウデスネ」
「うん。ちょっとおかしいよね。汽車内に鬼が出るからって杏寿郎さんが呼ばれてるはずだから、血鬼術かもしれない」
一般の人が見れば鴉と話す不思議な少女に誰も反応を示さない。
眠っているのだから当然かもしれないが、二両ほど車両を移動してもやはり乗客が全員眠っている光景は、汽車に乗るのが二回目の風音であっても異様に映った。
しかし次の車両へ移動しようと戸に手をかけたところで小さな女の子が泣くくぐもった声が耳に入り、急いで戸を開いて中へと飛び込んだ。
「大丈夫……って杏寿郎さん?!えっと、先に女の子を……あれ?あの子、口に竹筒咥えてる。竈門さんの妹の禰豆子さん……?大丈夫?おいで」
鬼と聞かされていたのでどんな恐ろしい様相をしているのかと思っていたが、目の前で額から血を流して泣く小さな女の子はどう見ても無害としか思えない可愛らしい幼子だった。
近寄ってしゃがみこみ腕を広げると人間の幼子のように両腕を伸ばし縋るように抱きついてきたので、しっかりと抱きしめ返して抱えあげた。
「ごめんね、私の匂い不快かもしれないけど少し我慢していてね。今は……どんな状況か分かる?竈門さんも杏寿郎さんも……えっと嘴平さんも……黄色い人も眠ってるみたいだけど」
眠っている中でも特に目につくのは杏寿郎である。
風音が来たのに何の反応も示さないことがおかしいと思う要因の一つだが、何より立った姿のままおさげの少女の首を片手で掴んで表情を苦しげに歪めているからだ。
「むーー……」
どうしたものかと悩んでいると、既に額の傷の塞がった禰豆子がクイクイと風音の羽織を小さな手で引っ張って、杏寿郎の手首へと視線を動かした。
「縄……?あれが眠ってる原因なの?」