第11章 薄暮と黎明
風音が言った通り、訓練開始直後と比べて随分と動きが良くなった。
危ういながらも実弥が湯呑みを持ち上げる前に飲み口を抑えては顔に掛けられる事を防ぐので、実弥の手の速度もみるみる上がるくらいである。
「いい勝負だぞ!頑張れ!」
「負けるな!あぁ、惜しい!」
などなど二人の声援も遥遠くから聞こえるほどに集中していた。
(あと少し、次で……あ、あれ?!)
実弥が掴むと思った湯呑みに実弥の手は添えられなかった。
ただでさえ実弥の手の予備動作を見て予測を立てながら自分の手を動かしているのに、見せかけの動きを捩じ込まれては風音に打つ手はなくなる。
自分に飲み口が傾けられた湯呑みを目前に目を閉じるが……一向に薬湯はかけられてこない。
何があったのだろうと恐る恐る目を開けていくと、額に硬いものがコツンと軽く当てられた。
「残念だったなァ、お前の負けだ。最後くらい薬湯かけずにいてやるよ」
「負け……そっか、負けちゃったか。うん、でも楽しかったです!師範、ありがとうございました!」
湯呑みを掲げている実弥の手を握って風音がふにゃりと笑うと、実弥もつられるように穏やかな笑みを浮かべて微笑み返す……ものだから、最近ではそれに見慣れてきた柱二人以外の者、炭治郎の驚きはひとしおである。
しかし何かを感じ取ったのか炭治郎の驚きは一瞬でおさまり、二人を暖かく見守った。
「風音は不死川の継子だ。鬼と対峙すると意外にも好戦的だと耳にするが、普段は明るく可愛らしい子なので溝口少年も積極的に話し掛けてやってくれ。さて!風音、次は俺の相手を願うぞ!」
炭治郎の肩をポンと叩いて意気揚々と二人のいる卓袱台の前へと移動する杏寿郎にそっと頷き返しながら、炭治郎は眉をヘニョンと下げた。
「俺は溝口じゃなくて竈門なんですが……それにしても不死川……さんって継子いたんだ。本当は優しい人なんだな、風音が大切で仕方ないっていうような匂いがする」
小さな呟きはこの部屋の中の誰にも届くことなく炭治郎の独り言として消えていった。