第11章 薄暮と黎明
「胡蝶んとこで変な事しねぇから心配すんなァ。静かに見てんなら何も問題起こさねぇよ」
そうして実弥は再び髪を拭う手を動かし、慣れた手つきで髪紐を使って結い上げて濡れた髪が首や肩を冷やさないようにしてやる。
その動作一つ一つが速いのに丁寧で見ているだけでも目の前の少女を大切にしていると伝わるものだった。
「師範が髪を結い上げてくれる時、全く痛くないからすごく嬉しいし気持ちいいです。あ、どうやらあちらも話が済んだようですよ?よし!」
杏寿郎としのぶに連れられてこちらへ歩み寄ってくる炭治郎にニコリと微笑み、風音は実弥へと向き直って手を握りしめた。
「実弥さん、後で薬湯ではなく一緒にお茶飲もうね。任務の帰りに美味しい甘味処見つけたから、そこでおはぎとお抹茶一緒にいただこう?」
炭治郎が近付く度に表情や体に力の入る実弥を思っての風音の言動に、自然と実弥の体全体から力が抜けて僅かながらでも笑顔が戻った。
「あぁ、そうすっか。んじゃ、最後の一戦おっぱじめるかァ?手加減してやんねぇぞ!」
優しい声音と気合い十分な実弥の表情に顔を綻ばせた風音が席に戻り深呼吸を落とした瞬間、風音にとっては嬉しい……実弥にとっては集中を欠くに過ぎない声援が飛んできた。
「風音、頑張れ!禰豆子を刺した人に負けるな!応援してるからな!」
「溝口少年、いい声援だな!俺も風音を応援しているぞ!」
どうやら二人は静かに見守るつもりはないらしい。
特に炭治郎は裁判の際に実弥といざこざがあったらしいので、是非とも風音に勝ってもらいたいようである。
道場内は五人しかいないはずなのに、割れんばかりの声援が響き渡っている。
「クソが……うっせぇなァ!おい、胡蝶!さっさと始めろ!耳おかしくなっちまう」
「フフッ、すみません。では始めますよ?」
幾度となく見てきたしのぶの合図を皮切りに実弥と風音の真剣勝負が開始された。